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217 怯えた瞳

 ミノルは下を向いてしまったハヅキの頭を優しく撫でると穏やかに口を開いた。


「ハヅキも、もう眠いようだしね」


 ナデシコは疲れた顔の我が子の顔を見てようやく諦めたようにため息を吐いた。


「僕はミノル。ハヅキの父親で彼女は妻のナデシコ。

 娘をここまで送って来てくれて本当にありがとう」


 礼を言って微笑むミノルとシゲルが重なる。最初は似ていないと思ったが、やはり兄弟なのだ。


「俺はアッシュです。隣にいるのが仲間のヒルデです」


「そう。アッシュ君、ヒルデさんだね。申し訳ないが、君たちの都合のいい時にまた来てくれるかい」


「はい。必ず」


 返事をして後ろを向いたが、ふと山で会って少年のことを思い出した。


「あ、すみません、一つだけいいでしょうか」


「何かな」


「ハヅキちゃんに兄弟はいるのでしょうか」


 あの少年の顔がシゲルに似ていたことに混乱してその時は深く考えられなかった。

 しかし、ハヅキがシゲルの姪だとわかると少年は彼女の兄ではないかと思い至ったのだ。従兄弟ならば似ていてもおかしくないだろうと思って尋ねたのだが、聞かれたミノルの表情は曇っていた。

 何故なのだろうと疑問を抱いているとミノルが重い口を開いた。


「…僕たちはなかなか子宝に恵まれなくてね。子供はハヅキ一人なんです」


「え、あ、すみません」


 知らなかったとはいえ不躾なこと言った自分をアッシュは恥じた。落ち込んでしまった彼を労わるようにミノルは小さく笑う。


「いいんですよ。それに教え子たちも僕たちにとっては本当の子供のようなものなんです。大切な家族と彼らに囲まれて僕は幸せなんですよ。

 だから、そんなに気を落とさないでください」


 そういうと眠そうにしているハヅキを持ち上げ、優しく抱きしめると今度は嬉しそうに微笑む。辛いのはミノルの方なのに何でもないような顔をして他人を慰めることの出来る彼にシゲルとは違う強さを感じた。


 これ以上謝る方が失礼だと察したアッシュは礼をすると彼らに背を向けた。ヒルデは眠気眼を擦るハヅキと目線を合わせると手を振った。


「じゃあ、またねぇ」


 舟をこぐように頭を揺らしながらハヅキは彼女に答えるように手を振り返す。それを見て満足そうに笑うヒルデを確認すると今度は振り返らずにその場を去った。




 門を出るとアッシュたちと入れ替わるように数人の男たちが中に入って行くのが見えた。おそらく、彼らがハヅキを探していたというミノルの教え子たちなのだろう。

 気になって門の近くで立ち止まっていると大きな声が聞こえてきた。


「すいません、ミノル先生。探してるんですけどなかなか、ってハヅキちゃん!!

 見つかったんですか」


「ああ、親切な人たちがここまで送ってくれたんだ。君たちには迷惑を掛けてしまってすまなかったね」


「何言ってるんですか。先生の頼みなら、みんな喜んで受けますよ」


「そうですよ。それに無事だったんだからよかったじゃないですか」


「あ、俺まだ探してる連中に見つかったって言ってきます」


 こちらに向かって来る男と鉢合わせになる前にアッシュたちは歩き出した。


 今の会話からミノルが彼らに慕われているのが伝わって来た。ゲンが彼のことを面倒見がよくて教えるのも上手いと言っていたことを思い出して納得した。

 だからこそ、彼がシゲルの噂について口を閉じたままだということが不可解だった。彼ならば、シゲルを庇うかゲンのように噂話を撤回させようとするのではないかと。


 ミノルの理解できない点はもう一つある。それはアッシュを見た時のあの顔だ。

 始めは見知らぬ男が来たことに驚いているだけだと思っていたが、よく見てみるとその瞳には確かな怯えがあったのだ。何故そのような目をしていたのか考えているとある可能性が頭の中に浮かんだ。


 それはミノルが彼を襲って来た薙刀の人物なのではないかというものだ。

 そうだとすれば色々と説明がつく。アッシュが『イザナミ』を持ってこの国に来ていることをどこからか聞いて取り返そうとして襲って来たのだろう。

 だが、刀を奪うどころか反撃にあったことでアッシュに対して恐怖が植え付けられた。それが不意に会ったことで動揺し、思わず顔に出てしまったと考えれば辻褄は合う。


「――だよな」


「? 何か言った」


「あ~、いや、何でもない」


 思わず呟いたアッシュの言葉が聞き取れなかったヒルデが首を傾げるのだが、首を横に振って誤魔化す。


「そういえばさぁ、アッシュ君」


「なんだ」


 ヒルデと会話しながらもアッシュは思考を巡らせるのだが、納得する答えなど出るはずもなかった。










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