215 本来の持ち主
思いもよらなかったことに動揺していると彼の様子がおかしいことに気が付いたヒルデは首を傾げる。
どうしたのかと彼女がアッシュに問いかけようとした時、騒がしい声が聞こえてきた。彼のことは後にすることにしたヒルデはハヅキに尋ねた。
「お父さんとお母さん?」
ヒルデの質問に彼女は小さく頷いた。
どうやら、ここが彼女の家で間違いないようだ。
アッシュとヒルデは顔を見合わせて頷くと門を潜り、長い石畳を進む。少し歩くと玄関が開けられており、二人の男女が口論しているのが見えてきた。会話から察するにあの人たちがハヅキの両親なのだろう。
女性の方は、普段は濡れ羽色の髪を綺麗にまとめているのだろうが、今は取り乱しているためにわずかにほどけ、険しい表情をしている。
「ハヅキは、まだ見つからないの!!」
「落ち着きなさい、ナデシコ。道場の生徒にも声を掛けて、探してもらっているところだから」
背を撫でながら女性を宥める男性は穏やかそうに見えた。
しかし、彼女のように狼狽していないことから、予想外の出来事があっても平常心を保ち、正しく状況を判断できる冷静な面もあるのかもしれない。
「でも、ミノルさん」
玄関に着く前に気づいてくれるかと思っていたが、二人はアッシュたちが近づいてきているというのに話を続けている。このままでは埒が明かないと思った彼は意を決して声を掛けた。
「あの」
声が聞こえたのか二人は口論を止めてこちらを振り向く。
彼らの姿を確認すると女性は先ほどまで平静さを失っていたのが嘘だったかのように落ち着いた表情をする。その顔はどこかハヅキに似ており、優しそうな印象を受けた。
だが、佇む雰囲気に反してどこか芯の強さを感じる。
「何か御用でしょうか。申し訳ありませんが、こちらはそれどころではなく、あ、ハヅキ!!」
眉を下げながら彼女が断ろうとした時、ハヅキがアッシュの背から顔を見せると彼女の名前を叫んだ。
「…お母さん」
「ハヅキ、無事だったのね」
安心したような母親の声を聞き、ハヅキが頷くと女性はホッと胸を撫で下ろす。その様子を見てアッシュはしゃがむと背中から彼女を下ろした。
すると女性は彼女の元に素早く駆け寄り、強く抱きしめた。
「どこ行ってたの。心配したのよ」
「ごめんなさい」
「貴方がこうして帰って来てくれたのならそれでいいわ」
ハヅキとの抱擁を緩めると女性は顔を上げてアッシュたちへと礼を述べた。
「怪我をした左腕でおんぶまでしてわざわざハヅキを連れてきてくれたんですね。本当にありがとうございました」
「いえ」
彼女の礼に返事をして顔を上げると目を見開き、アッシュを凝視する男性に気が付いた。
おそらく、この人がシゲルの兄で『イザナミ』の本来の持ち主であるミノルなのだろう。
当然ながら彼の方がシゲルよりも年上なのだが、随分若く見える。
いや、シゲルが落ち着いた渋い顔をしているのでそう思うだけかもしれない。
ミノルに色々聞きたいことがあるはずなのにいざとなると言葉が出てこず、そんな余計なことばかり考えてしまう。彼も何故か呆然とした様子で固まっている。
アッシュと彼の間に微妙な空気が流れているとこの状況に似つかわしくない女性の明るい声が響いた。
「そうだ。お礼をしたいので今日、家に泊りませんか」




