208 神隠し
途中で舗道されていない山道になったので注意しながら進んでいると小さな建物が目に映った。
ゲンが言っていた寺はここではないと思ったが気になり、中を覗くと地蔵が一体だけ鎮座していた。花が飾られ、綺麗に掃除されていることから定期的に手入れされているのだろう。近くには階段があり、その先には石で出来た塔がポツンと佇んでいるのが見えた。
これがどういう経緯で作られたのか興味があったのだが、説明のような看板は見当たらなかった。残念に感じ、後ろ髪惹かれる思いで視線を外した時、ヒルデに何も言わずに勝手な行動をしてしまったことにようやく気づくとアッシュは急いで後ろを振り返る。
「悪い、ヒルデ。
…ヒルデ?」
返事はなく、彼の声が虚しく辺りに響く。そこにはヒルデだけでなく誰の姿もなかった。
「もしかして、先に行ったのか」
彼女も見慣れぬ景色に夢中になっていたので、アッシュが立ち止まったことに気が付かずに前に進んでしまったのかもしれない。そう判断した彼がふと顔を上げるとあの石の塔がなくなっているのが見えた。それだけではなく、そこに行くまでの階段までも何もなかったかのように消えている。
まさかと思い、後ろを振り返ると地蔵が置かれていた建物は変わらずにあった。
そのことに安堵するのだが、すぐに違うと気づいた。
先ほどは少し覗いただけで何が置かれているのかがすぐにわかったのに何故か今は扉が堅く閉じられている。また朱色で鮮やかだった建物が素朴で落ち着いたものに変わっていたからだ。
「どうなってるんだ、これ」
まさか、自分だけがどこか別の場所に飛ばされたとでも言うのだろうかと思った時、アッシュの耳に金属が擦れるような物悲しくも不気味な音が聞こえてきた。
困惑しつつも落ち着いて奇妙な音がした方に顔を向けると見たことのない生き物と目があった。最初は門の前で見たのと似ていることからおそらく虎なのかと思った。
だが、よく見ると顔は猿で大きな縞柄の体からわずかに覗く長い尻尾は蛇のように見える。
複数の生き物を合わせたような歪な姿に驚いているとそれはアッシュに興味がなくなったように背を向けた。
「あ、待て!!」
アッシュの言葉など聞くはずもなく、そのままどこかへと行こうと山を登っている。その生き物がどこか気になった彼は坂道を駆け上がり、追いかけた。
上って来るとまだそいつの姿が見えたので必死で足を動かして追いつこうとするのだが、距離が一向に縮まらない。遊ばれているのかと疑っていたとき、それは道を外れて森の中へと入っていった。
躊躇うことなくアッシュも後を追って森に足を踏み入れたのだが、あの生き物の姿はもう見えなくなっていた。
「逃げられたのか」
まだ近くにいるかもしれないと周囲を警戒しながらアッシュは前に進んだ。
しかし、いくら探しても見つけることが出来なかった。完全に逃げられたのだと悟った彼は戻ろうと踵を返した時、森の奥から女性の悲鳴のようなものが聞こえた。
先ほど見た生き物が誰かを襲っているのかと思った彼は声のする方へと急いだ。
しばらく進むと髪が長い女性の後ろ姿が見えてきたのだが、すぐにおかしいことに気が付いた。彼女からは人の気配がせず、代わりに何か禍々しいものを感じたからだ。
人でないのかもしれないと警戒しながら、いつでも刀を振れるよう柄に手を置く。慎重に近づいていると威嚇するように両手を上げていた女の動きが突然止まった。
どうしたのかと訝しんでいると女の上半身がずれ落ち、彼女と対峙していた人物があらわになる。その姿を見てアッシュは目を見開いて思わず呟く。
「…先生」
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