207 神というものの歪さ
これは自分が実践して安全であることを証明しないと彼女は一歩も進もうとしないだろう。
アッシュは手を合わせた後、礼をして敷居を踏まないように注意してあえて中央を歩いて門を潜った。
「ほら、大丈夫だっただろう」
彼の無事な姿を見たヒルデは勇気を出して同じようにすると恐る恐る前へと進んだ。あの時のように弾かれることもなく何事もなく通れたことに感動したのか、彼に嬉しそうな顔を向ける。
「凄い、通れた!!」
前が特殊なだけだと思ったが、アッシュは口には出さず微笑み返した。
二人で一緒に門の奥へと進むと急に空気が変わり、別世界が広がっていた。眩しいほどの太陽の光を受けて青々とした葉が煌めく姿を背景として階段の端に朱色の灯篭が規則正しく並べられているのがなんとも美しい。
アッシュが景色に目を奪われているとヒルデが呟いた。
「端を歩けっていうのは神様が中央通るからなんだよね」
「そう聞いたな」
彼の返事を聞いたヒルデは周囲をゆっくりと見回しながら笑う。
「それって神様が身近にいるって感じてるからなんだよね。
でも、この国の雰囲気を見てたら納得だね。そこに神様がいるっていわれても今なら信じちゃうなぁ、僕。本当に面白いね」
「確かにな」
エジルバ王国における神とは唯一の尊き存在であり、人の手の届かない場所から我々を見守っているというのが一般的な考えだ。その思想を支持する者からすれば、オノコロノ国のように人々の生活の側に神がいるなど想像もつかないだろう。
シゲルに会う前は家族含めてそこまで熱心ではなかったが、神というのはそんなものなのかと純粋に思っていた。
しかし、八百万の神と共にあるというオノコロノ国の考え方を知った後では、故郷の神への在り方というのに疑問を抱いてしまう。
「自分を信仰した者だけは助けて他は地獄行きだなんて、神とは言え傲慢だよな」
それがエジルバ王国を含めた多くの国が考える神なのだと言われたらそうなのだと納得するしかないのだが、アッシュとしては受け入れることが出来なくなった。
「アッシュ君のとこの神様って偉そうにしてるくせにケチなんだね」
「しかも、その神を信仰してない者は人じゃないんだと」
今はもっと軽い考えになったが、昔はそう解釈している過激な者たちがいたのだそうだ。そんな人からすれば、信者ではない者はどういう扱いをされても文句を言う権利さえないのだそうだ。実際、他の神を信仰している者を奴隷として連れて行くなどの問題行動があったと聞いたことがある。
さすがにそんなことをする者はいなくなったが、そのような偏った考えがあったのは事実だ。神の教えが悪いのではなく、それを自分たちの都合のいいように受け取る者たちが悪いのだとわかってはいる。
だが、そんなことがあったのだと知れば益々自国が信仰する神というものの歪さを感じてしまう。
「そんな考えしてる人の方がよっぽど人じゃないよね」
「まったくな」
嫌な気分になったのを払拭するように風景を堪能しながらアッシュたちは長い階段を行く。行き交う人の会話に耳を傾けると地元の人もいるようで散歩も兼ねて訪れているのかもしれない。街の中心より涼しく、緑の美しい景色も堪能できるのだ。近くに住む者なら気軽に来るというのもわかる気がした。




