206 向かい合う虎
山というだけあって目的の寺に行くまでの道は坂になっており、途中で階段になっていた。足元に気をつけて上っていると大きな門が見えてきた。ティーダで見たのと似ているが、左右の柱の部分に空洞があり、その中に二体の仁王像が番人のようにして置かれていたりと少し異なる。
だが、木造で出来た門が放つ独特の厳かさは変わらず、圧倒されてしまった。じっとりとした暑さだったのに、ここに着くと急にひやりとした空気が辺りを漂い、汗が引く。
そのことがより一層門の荘厳さを際立たせる。
「あ、ネッコちゃ~ん」
門に見入っていたのにヒルデの緊張感のない声がアッシュを現実に戻した。野良猫でもいたのかと声のした方を向くと石で出来た台の上に動物の置物があった。
反対側を見ると同じ置物があり、お互いが向かい合うように鎮座している姿は、まるで門を通る者を見張っているように見える。
こちらを見ていることに気が付いたヒルデはアッシュに手を振った。
「見て見て。可愛い」
手招きする彼女に従って近寄り、置物をよく観察すると確かにネコのように見えた。
だが、迫力のある表情や渦のように巻いて形づけられた体が縞模様のように見えることなどから、そうではないとアッシュは感じた。
「いや、ネコというより虎なんじゃないのか」
「? 同じネコちゃんだよね」
確かに同じネコ科で仕草など共通したものはあるが、獰猛さという明確な違いがある。
しかし、日ごろから危険な魔物を相手にして戦う彼女からすれば虎もネコに変わりないのかもしれない。
そう思うとどう答えていいのもかと悩むアッシュを横目にヒルデは気に入ったようで色々な角度から置物を眺めている。
「でも珍しいな、こういうのって狛犬だと思うんだが」
「普通はワンちゃんなの?」
「狛犬って名前だが、犬じゃないらしい」
狛犬は獅子のような見た目だが架空の霊獣であり、神社の拝殿や参道に置かれることで邪気を払い、神前を守護するために置かれるのだそうだ。
「守護ってことはさ、ティーダで見たワンちゃんと同じ役割ってことだね」
「まあ、あっちはいたるところに置かれてたが、狛犬は寺とか神社みたいに限られたところだけしか置かれないらしいな」
その他の違いとしては、見た目もそうだ。ここにある狛犬は石を削って作られたものだが、ティーダでは赤茶色の鮮やかな焼き物だった。
「へぇ~」
アッシュの答えに相槌を打ちながらヒルデはしばらく虎の置物に見入っていたが、やがて満足したように視線を外すと彼の近くまでトコトコと歩いてきた。
「もういいのか」
「うん。待たね、ネコちゃん」
置物に手を振りながら門に向かっていたヒルデが急に立ち止まった。
「ん? どうした」
思わずアッシュが尋ねるとヒルデがこわばった表情で振り返った。あまり見たことのない顔に驚いていると彼女が口を開いた。
「ここもあれだよね。端歩いたほうがいいんだよね」
どうやらティーダでのことを思い出してそのような表情になったようだ。それだけ彼女にとって痛い経験だったのだろう。
「鳥居はそうなんだが、これは仁王門だからな。端を歩かなくてもよかったんじゃないか。まあ、どちらも下界との境界線っていうのは似てるんだが」
神社と寺では作法が違う。神と仏という異なるものが祀られているので当然なのだが、ヒルデはまだ疑っているようでその場を動かずに悩んでいる。
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