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205 決して許されることのない気持ち

 そういえば、彼女は自分の戦斧を大切にしているようだが、時々おざなりな扱いをすることがある。おそらく、彼女にとって戦斧はただの武器であり、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。


 彼女の考え方の方が一般的なのだとわかっているが、尊敬するシゲルから託され、落ち込んだ時には励ましてくれた『イザナミ』がただの武器だなどとはアッシュにはどうしても思えないのだ。


 そんな自分と異なる価値観を持つ彼女にアッシュの悩みを言っても理解してくれるだろうかと一瞬考える。

 だが、彼女はたとえ自分がわからないようなことでも否定しない人だったと思い直し、アッシュは胸の内を明かした。


 すると彼女なりに真剣に考えてくれたようで腕を組み、頭を左右に揺らしながら口を開いた。


「たぶんさ、神様の名前が付いたとか関係なく、アッシュ君の先生にとってその刀って大事な物だったんだよね。それを君になら託してもいいと思ったってことでしょ」


「俺もそう信じたい。

 だが、色々話を聞いていたら不安になったんだろうな」


 神の名を冠するような刀を本当に自分が持っていてもいいのか。そして、『イザナミ』をアッシュに渡したシゲルの意図が不明確であること。

 それらのオノコロノ国に来るまで知ることのなかった話を聞いたことでアッシュの中で戸惑いが生まれた。その迷いが刀を重いと感じさせるようになってしまったのだ。



 彼の言葉を聞いてヒルデは納得したように頷くと雲一つない空を向いた。


「アッシュ君の先生が、もう少し何か言っててくれればよかったのにね。そうすれば、君もそんなに悩まないでも済んだかも」


「本当にな。今すぐに先生から直接聞きたいぐらいだ」


 そんなあり得ないことを考えてしまうほど気持ちが落ち込んでいるようだ。

 アッシュが思わずうつむくとヒルデが急に思い出したというような顔をして呟く。


「よくわからないっていえば、嘘つきのお兄さんだけじゃなくてお茶持ってきてくれた人の気配もよくわからなかったな、僕」


「それは俺もだ。来た事さえ気づかなかった」


 アッシュたちがわからなかったほどに完璧に気配を消すことが出来るということは、ツグミはそれほどに強いということなのだろう。名前だけしか紹介がなかったが、ユカリとの会話を見る限り彼を守る従者という関係だと考えられる。

 あり得ないが、万が一アッシュがユカリを害そうしたときに必ず彼は立ち塞がる。


「もしだけどさ、嘘つきのいうような未来を見たんだとしたら、普通会おうとする?

 自分を殺すような人とさ」


「…本当にな」


 そんな人物と対峙すれば恐怖で震えるのが人として当然の反応だろう。

 しかし、ユカリの目にはそんなものは一切なかった。むしろ、困惑するアッシュを見て面白がるような余裕さえあった。彼と話して何かわかるどころか、疑問が増えただけだったが、一つだけわかったことがある。


「でも、魂が抜かれるって意味がよくわかったよ」


「え?」


 驚いたような顔でこちらを見つめるヒルデに気づかず、アッシュは先ほどのことを思い出して小さく笑む。


「本当にそれほどまでに綺麗な藤の花だったな。ゲンさんの忠告を無視した形になったのは申し訳ないが、魂を抜かれると言われても納得できるほどに美しい光景だった」


 少年のように目を輝かせながら語る彼を見てヒルデは肩を落とした。


「…そういう意味じゃないと思うけど」


 ゲンが言っていたのはユカリの顔を見た人々が魂を抜かれたようになるということだったのだろう。エルフという種族の例に漏れず美麗な両親を見慣れているヒルデでも一瞬目を奪われるほどだった。彼女でもそうなのだから、免疫のない者では瞼に焼き付いて離れないだろうことは容易に想像できる。


「まあ、アッシュ君らしくて安心したよ」


 冒険に恋をしたというアッシュにとってはユカリのあの美貌は心惹かれるものではなかったようだ。彼がユカリを見ても変わらなかったことにヒルデは安堵する自分に気づき、疑問を抱いた。


 何故か、アッシュが誰かに見とれるという姿は見たくないと思ってしまったのだ。どうしてそんなことを思ってしまったのかということは早々に考えるのを止め、生まれ出たこの気持ちに彼女は蓋をする。


 自分はこの世で誰よりもアッシュにそんな気持ちを抱いてはいけない存在なのだから。









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