204 重い武器
「靴を履くようにってこのことだったのか」
アッシュたちは屋敷を出るとツグミに教えてもらったテング山までの道を歩く。大きい通りだからか行き交う人々の姿が見えるので、薙刀の人物やアオイが追いかけて来たとしてもこのように人が多い所では襲ってくことはないだろうと胸を撫で下ろす。
「いや、来るってわかってたんなら誘うなって話じゃん」
「あ~ぁ、そっか。そうだよな」
忠告した時点でアオイが来て鉢合わせになることをユカリは知っていたのだ。面倒なことになるとわかっていても会わせたのは何か彼に意図があったということなのだろう。
もしくは。
「…俺が目的だったのか」
今思うとユカリはアッシュだけを見ていた。神の名を持つ刀に相応しいかどうかというだけではない何かを彼に見定められていたように感じた。
「それが本当だとしたらさ」
真面目な表情をしてヒルデはアッシュを見上げる。その顔を見て自分ではわからなかったものに気がついたのかもしれないと彼女の言葉の続きを待った。
「アッシュ君、モテモテだねぇ」
「…だから、嬉しくない」
実際にはアッシュ本人だけではなく、彼が持っている『イザナミ』も狙われているのだが、こうも多いと嫌になって来る。シゲルの故郷であり、自分が知らぬ文化を築いているオノコロノ国でどんなことが待っているのだろうと期待を胸に訪れたが、こんなことは望んでいなかった。
落ち込みながら歩いているとアッシュが思わずといったように呟く。
「それもしてもユカリさんが兄、ねえ」
「全然似てなかったねぇ」
母親が違うとはいっても親し気に話していた様子を見る限り仲がいいのだろう。それを見てアオイがいっていたあの人が誰かという予想がついた。
「もしかしたら、アオイさんは俺がユカリさんを殺すと思って襲って来たのかもしれないな」
ヒルデも同じことを思っていたようで特に反論することもなく答える。
「そうだとしてもさぁ。アッシュ君は人殺しなんて絶対にしないし、そもそも嘘つきのお兄さん殺す理由なんてないじゃん。何でそんな勘違い」
「ユカリさんが見たのかもしれないぞ」
アッシュたちしか知らないゲンとの会話を全て見ていたかのように話していたことから、彼の能力の精度は高そうだ。そんな彼がアッシュに殺される未来を見たのだとすれば、アオイがあのような行動をするのも納得だ。
「うん、わかった」
隣でうんうん唸りながら何か考えてるなとアッシュが思っているとヒルデが真剣な顔をしてこちらを向いた。
「嘘つきのお兄さんも嘘つきなんだよ」
「…いや」
どうしてそのような結論になるのかと聞こうとしたが、彼の返答を待たずにヒルデが口を開く。
「だからさ、あの人が嘘つきなんだってアッシュ君が証明すればいいじゃん。未来なんか変えちゃってさ」
予想も出来なかったヒルデの力強い言葉にアッシュは目を丸くする。そして、彼女の言ったことをしばらく反芻してようやく理解すると思わずといったように噴き出した。
「未来なんかって、本当に凄いな、ヒルデは」
理由もなく誰かを害するなど決してないことは自分がよく知っている。
しかし、ユカリのよくわからない雰囲気に流されて不安になっていたのは確かだ。そんなときに自分を信じてくれる前向きな彼女の姿は弱気になっているアッシュの心にしみわたった。
「もお、それ僕のことバカにしてる?」
「してないよ」
むくれるヒルデをなだめつつ並んで道を歩く。他の何でもないことを話しているとアッシュはふと視線を下に向けて『イザナミ』に触れる。
そのいかにも何か悩んでいますといった彼の表情を見てヒルデは尋ねる。
「アッシュ君、また色々考えてる?
不確定な未来なんて気にすることないって」
「いや、そうじゃなくてユカリさんの話を聞いたら、急に『イザナミ』が重いって感じてな」
「? アッシュ君の刀って軽いよねぇ」
彼の腰に携えている刀を見ながらヒルデは不思議そうに小首を傾げる。
「…うん、物理的な重さの話じゃなくてだな」
ヒルデの戦斧に一度触れたことがあるのだが、持ち上げるだけで精一杯だった。これが鍛えたことのない者ならわかるが、力に少しは自信があるアッシュが振ることさえ出来なかったのだ。そんな物をヒルデのような細腕で戦闘中に振り回し、今も平気そうな顔で背負っているというのが、未だに信じられない。
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