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203 ユカリの覚悟

「とか言っている間にアイツおらんようになってるやん!!」


 ユカリに積年の不満を言い終えたアオイはようやくアッシュたちの姿が消えていることに気が付いた。周囲を必死に見渡す彼を面白そうに見ているユカリに詰め寄った。

「兄上、アイツがどこ行ったか知ってるんやろ。教えてぇや」


「ん~、どこやろねぇ」


 伏せをして主であるアオイの指示を待っているクズハの背を撫でながらユカリは返事をする。いつもは、まともな答えが返って来るはずがなかったと早々に諦めるのだが、今回はそうはいかない。彼の命が懸かっているのだから。


 もう一度聞こうとアオイが尋ねようとするとユカリの方が先に口を開く。


「それより、自分、僕に用があったんとちゃうん?」


「…あ」


 ユカリの言葉を聞いてアオイは自分が何をしにこの屋敷に来たのかを思い出した。今すぐにここを出れば、アッシュたちを追いかけることが出来るかしれない。

 だが、そうするとユカリへの用事が後回しになってしまうことになる。入って来る時にも言ったように急を要するものなのですぐに確認してもらう必要があるのだ。


 散々悩んだ結果、真面目なアオイはアッシュたちを諦めてここへ来た用件の方を優先した。




「ほな、気ぃつけてな」


 玄関までの見送りの際にいつもと同じ調子で声を掛けるユカリをアオイは睨んだ。

 それというのも用事が終わった後もアッシュたちの居場所をどうにか聞き出そうとしたのだが、ユカリは微笑むばかりで何も教えてくれなかったからだ。


 いつまでも子供のようにむくれているアオイにユカリは困ったような顔をして笑う。


「…アオイ、ありがとうな」


 ユカリの礼にアオイはうつむき、拳を強く握る。


「兄上はアホや」


 ユカリが必死に抵抗すれば未来は変えられるかもしれない。

 だが、それがわかっていてもなお、彼は全てを諦め、運命を受け入れているのだ。それはアオイがどんな想いで彼が殺される未来を回避したいと思い、行動しているのかを知っていてもだ。


 これから訪れる未来も兄の気持ちさえも変えられない無力な自分に腹が立ち、思わず苛立ちをぶつけてしまう。それでもユカリは微笑み続けていた。




 背を向けて去るアオイを見ながら、ユカリは思わず呟く。


「薄情な兄やな、僕は」


 アオイがどのような言葉を掛けて欲しいのかわかっていて何も言わない。彼はそれを知っているからこそあのような傷ついた顔をしたのだ。

 他人ならばそれを見ても何も思わないが、大切な弟にそんな表情をさせているのは自分だと思うとさすがのユカリも多少は心が痛む。


「何をいまさら言っているのですか」


 影のようにユカリの側に立ち、ずっと何も言わなかったツグミが口を開く。

 眉一つ動かしていないのにも関わらず、彼が呆れているのだということは長い付き合いであるユカリには手に取るようにわかる。


「ツグミはホンマにいけずやなぁ」


 隣を通り過ぎながらユカリは彼に流し目を送る。その怪しくも美しい瞳を向けられれば、普通の人間ならば好意を持たれていると勘違いしてしまうだろう。

 しかし、それを見てもツグミは表情を変えずに問いかける。


「ならば、情に流されますか」


 ツグミの言葉を聞くとユカリは立ち止まり、思わず胸元の襟を握りながら苦しそうに唇を噛む。色々なことが頭を過ぎるがそんなことでは自分はもう止まらない。


 黙ったまま振り返り、ユカリは口角を上げる。それは何が起ころうとも意志を貫くと決めた者の笑みだった。その顔を見て彼の中の覚悟は揺ぎ無いのだと確信したツグミは静かに頭を下げる。


 彼の姿にこれでいいのだと自分を納得させながら頷くと先ほどアッシュたちと出会った時のことをふと思い出した。


「僕のこと幽霊やて」


 女神ごとし美しさなど歯の浮くような気持ちの悪いことを言われたことは数あれど、幽霊など言われたのは本当に初めてだった。


「それにしてもアッシュ君のあの顔、ホンマにおもろかったな」


 目を見開き、引きつったような表情をしながら警戒されるなどということもされた覚えがない。今思い出しても笑いがこみ上げて来る。


「…柳の下に幽霊か」


 万物は全て陰と陽に分けられるというのが陰陽師の基本的な考えだ。そこに優劣はなく、どちらもなくてはならない存在であり、調和が大事なのだ。


 その思想によれば、神の依り代となりえる柳は陽であり、()()の化身である陰の幽霊を引き寄せて均等を保とうとするのだそうだ。


「僕が何をしたんか、わかってて言ったんかなぁ、あれ」


 そんな訳がない、偶然だとわかっているが、そう思わずにはいられない。それほどまでにアッシュのあの言葉は衝撃だった。


「ユカリが人外に見えたからじゃないですか」


「それ、自分に言われたらしまいやな」 


 扇を開き、口元に当てるとユカリは楽しそうに笑い続けた。









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