202 アオイの決意
自分に兄という存在がおり、彼が別邸に住んでいるということは母や本邸の使用人の会話から知っていた。何故、離れて暮らしているのかを聞くと未来視という強大な力を持った彼は体が弱く、屋敷から出ることさえ叶わないのだそうだ。
なら自分から会いに行くというと父の許可が下りないからと反対された。いつものアオイなら言う通りにするのだが、何故か素直に聞き入れることができなかった。それほどまでに見たこともない兄というものに憧れを抱いていたのだろう。
誰に何と言われようともいつか兄に会うのだと希望を抱いていたそんなある時、大人たちの目を掻い潜って別邸にまで来ることが出来た。大人の言うことを初めて破ってしまったことに後ろめたさを感じながら門を潜ると薄紫色をした花のトンネルが彼を出迎えた。そのあまりの美しさに目を奪われながら進んでいると少し障子が開いているのが見えた。
ずっと大人のいうこと聞くいい子であったアオイは別邸とは言え他人の家を覗き見るなどしたことがない。それが悪いことであることを理解しているが、まだ見ぬ兄の姿が見たいという自分の欲の方が勝った。
期待と罪悪感でドキドキと拍動する心臓の音を聞きながらそっと隙間から部屋の様子を窺った。中では自分と似たような年頃の少年が大人たちと話していたのが見えた。
おそらく、あの少年が兄なのだろう。話の雰囲気からしてあの大人たちは彼の未来視の能力を求めてこの屋敷を訪れたと言ったところだろう。
最初は対等に話しているように見えたが、よく観察していると兄が余裕のありそうな笑みを始終浮かべていることから主導権を握っているのは彼なのだと悟った。それを知ると自分と年があまり変わらないはずなのに大人に怖気づくことなく渡り合う、その堂々とした姿は幼いアオイにとって衝撃的で輝いて見えた。
あの日からユカリはアオイの尊敬する兄となった。色々あって会話をするような仲になると想像するような兄ではないとわかったが、未だに敬愛すべき人であることは変わりない。
しかし、よく知るようになったからこそ気になることができた。
彼は時々、全てを諦めてしまったかのような顔をすることがあるのだ。能力によって見えた何かに絶望してか、または病弱である自分の体を悲観してなのか、それとも他に何か別の理由があるのかはアオイにはわからない。
わからないが、そんな表情をするときの兄を見ると自らの死を望んでいるのではと思えてならなかった。
静かに決意したアオイは急に立ち上がると廊下へ繋がる引き戸の方へと向かう。
『どこ行くん、アオイ』
アオイがフクハラへ行く未来を見たということは、これから自分が何をしようとしているのかを全て知っているはずだ。なのに、とぼけたように聞いて来る兄が今は腹立たしい。
『フクハラに行く準備をしなくてはならないので、これで失礼します』
アオイが今聞いた話を中央に訴えて警備を依頼したとしてもユカリにそんな未来は見ていないと否定されれば意味がないし、何より彼がそれを願っていない。
部屋から出ると廊下がやけに冷たく感じて身震いする。すると言葉に出来ないほどの不安がアオイに襲い掛かった。
部屋から出ると廊下がやけに冷たく感じて身震いする。すると言葉に出来ないほどの不安がアオイに襲い掛かった。
もしかしたら、そいつに殺されてこの世から消えてなくなりたいと兄は思っているのかもしれない。
一度そう考えてしまえば兄を失うかもしれない恐怖で動けなくなってしまった。
そんなこと受け入れられるはずがないとアオイは自らを奮い立たせ、思わず弱気なことを考えてしまった自分を叱咤し、声に出して決意を改める。
『俺が絶対に死なせたりさせへんからな』
たとえ、大切な兄を守るために自分が人を殺すことになるとしても。
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