200 口喧嘩
予想もしていなかった邂逅に固まっているとアオイを指さしてヒルデがユカリに疑問を投げかけた。
「えっと、あの、兄って」
ヒルデの問いに動揺する三人と違って余裕のある笑顔で扇を開き、ユカリは答えた。
「あれは僕の弟。いじりがいあっておもろいやろ。
まぁ、兄弟いうても母親がちゃうんやけどな」
彼の言葉を聞いてそんな場合ではないのに、だから顔や雰囲気が異なるのだなどアッシュは呑気なことを思ってしまった。
まだ衝撃から抜けられない二人と違って一足先に正気に戻ったアオイは紙を手にする。それを見た瞬間、彼が何をしようとしているのか察したアッシュたちは素早く立ち上がって距離を取った。
「――来い、クズハ!!」
彼が叫ぶとあの白い狐が姿を現した。主である彼を見上げた後、アッシュの方に顔を向けると威嚇するように毛が逆立った。どうやら、自分を攻撃してきた者の姿を覚えているらしい。
いや、それよりもこの状況はどうすればいいのだろうとアッシュは混乱した。こんなところでアオイを迎え撃つなどできるはずもないので逃げるしかない。
わかっているのだが、頭に血が昇った様子の彼が果たしてこのまま見逃してくれるだろうか。
睨み合いながら相手の出方を伺っているとユカリが狐の側へと歩き、頭を撫でた。
「クズハ~、今日もべっぴんさんやねぇ」
褒められたからか、彼の撫で方が上手いからなのかは不明だが、あれほど逆立てていた毛は落ち着き、今は嬉しそうに尻尾を振っている。
「な、クズハ。あ、いや、兄上!!」
敵意がなくなった狐とこんな状況にも関わらず緊張感がないユカリにアオイは抗議の声を上げるのだが、彼は気にした様子もなく白く美しい毛並みを堪能し続ける。
「そうやいやい言いなや、アオイ」
「いえ、ですが」
「この屋敷燃やす気ぃか、自分とクズハの炎で」
ユカリの言葉で彼はハッとした顔をした。
このまま戦闘など行えば、木造の屋敷などすぐに炎に包まれることだろう。ようやくその考えに至ったのか悔しそうに唇を噛みながら彼は紙を持つ手を下げる。
代わりにアッシュたちを客として招き入れたユカリの方を向くと怒りをぶつける。
「大体兄上は――」
「ああ、はい、はい」
のんびりとして雅ともいえるユカリの口調に対してアオイは聞き取れないほどの早口でまくし立てる。兄弟の口喧嘩のようになっている二人を見て、この場を去っていいのかと悩むアッシュたちにユカリは気づかれないように横目で行くように促した。
それを見て了承したように頷くと藤のトンネルを通り、二人は屋敷を後にした。
アッシュが立ち去ったことに気づいていないアオイはまだユカリに絡んでいた。
「聞いているのですか、兄上!!」
「ん~、聞いとるよ」
どう見ても真面目に聞こうとしていないユカリの態度に腹が立ったが、兄は元々こういう人だったと諦め、アオイはため息を吐いた。
しかし、これだけは言っておかなければと睨むようにして口を開いた。
「そもそも、何故あんな奴を屋敷に入れたんですか。アイツは兄上を殺すのでしょ。
他でもない兄上がそういったじゃないですか」
「僕、そないなこと言うたかなぁ」
アオイの言葉を聞くとユカリは扇を開きとぼけたように小首を傾げる。その流れるように優美な仕草を見れば誤魔化される者は多いが、弟であり、彼を良く知るアオイには通用しなかった。
「言うたわ!!」
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