198 二柱の水神
「イザナギとイザナミはなぁ、それはもう、仲のいい夫婦やったんや」
ユカリの話によると、このオノコロノ国の八百万の神々は彼らから産み出されたのだそうだ。そうして数々の子供に囲まれて幸せだったあるとき、イザナミはある神を産むと同時に命を落とした。そのときに産まれたのがヒノカグツチだった。
火の神であった彼は、制御できない炎で自分の母親を焼き殺してしまったのだ。最愛の妻を亡くしたイザナギは彼女の死を嘆き、苦しんだ。日に日にヒノカグツチを憎むようになり、ついには腰に携えた剣で彼の全身を斬り裂いて殺したのだった。
あまりに残酷な話にアッシュは言葉を失った。そして、そのようなことを平然とした顔で話すユカリに身の毛がよだつ。
だが、これでゲンが言い難そうにしていた理由がわかった。火の神であるヒノカグツチを尊敬する刀鍛冶として母親殺しの神だとアッシュたちに言って悪い印象を与えたくなったのだ。
話を聞いて何も返事が出来ないでいるアッシュたちを気にすることなくユカリは微笑みながら尋ねる。
「ヒノカグツチを斬った後、イザナギは亡くなった妻を取り返そうと黄泉の国に行ったんやけど、どうなったと思う?」
いたずらに笑うユカリを見て愛する妻を取り返してイザナギが幸せになったということは絶対にないということを理解していたが、あえて首を横に振った。
「イザナミが自分の方を振り向くなって条件で連れ戻そうとしたんやけど、それを破って見た妻のあまりの変わりように叫び声上げて逃げ帰ったんやと。自分の子供殺すなんて最低なことしといてホンマに情けない男やと思わん?」
そう言ってケタケタと腹を抱える彼はイザナギを笑っているのではなく、明確に誰かを思い出しているように見えた。彼の様子を怪訝に思っていると不意にアオイに言われたことを思い出した。
――黄泉の国から還り、輪を外れるという理を犯したのはお前か
命を落とし、黄泉の国に渡ったはずのイザナミが刀として蘇り、オノコロノ国へと再び還って来た。そう解釈するとまだよくわからない部分もあるが、あの時アオイが言っていたことが多少理解できた気がする。
「母親のイザナミもな、自分を殺そうとするヒノカグツチを心悪しき子って言うて、もしもの時のために炎に対抗できる水神であるミヅハノメを自分一人で死の間際に作り出したんやと。どや、胸クソ悪い話やろ」
整った顔で下品ともいえる言葉を吐き捨てるユカリの目には嫌悪と悲しみがあった。その瞳の意味はわからないが、彼は何か意図を持ってアッシュに話をし、反応を見ているように感じる。まるで、彼に試されているかのようだ。
「ちなみにな、暗部山にある神社に祀られてるんはタカオカミ。
イザナギが怒りに任せてヒノカグツチの全身を斬り裂いたときに出た血によって産み出された水神や」
「…また水の神、ですか」
ここに来て二柱目の水の神の出現はアッシュには偶然とは思えなかった。
「イザナミがミヅハノメを作ったんと同じでヒノカグツチが暴走したときのためにってイザナギが作り出したってことやろうな」
「それって監視役ってこと?」
ヒルデの問いかけに今度は誤魔化さずにユカリは真面目に答えた。
「そういうことやろな。まあ、それだけ脅威やと思われてたんやろうね。
火ぃによる災害は甚大やからそれもしゃあないことかもしれんけどな」
一人で子供を産み出したイザナミや流れ出た血によって神が産まれるなどアッシュの中の常識では考えられないことばかりで頭が混乱する。
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