192 強い想い
「聞いとけばよかったね、道場の場所」
「人に聞けばすぐに見つかるんじゃないか」
ウエノ都でも有名な家だったようなので、知っている人も多そうだ。探すのは難しくないだろう。
しかし、今はまだ気持ちの整理が出来ていないので訪ねるとしても明日以降にして今日はゲンから教えてもらった場所へ行くことにした。
――もし、坊がオノコロノ国に訪れることがあるのならば、その刀を打ったゲンに挨拶に行くといい
これを言った時、シゲルはどのような想いだったのか。
ゲンから事情を聞いたアッシュが、刀の本来の持ち主であるミノルに返すことを期待していたのかもしれない。
「…本当にそうなのか」
それならば、武器屋で売っている適当な物をアッシュに贈ればいいだけで、兄の刀である『イザナミ』を渡す必要はない。
腰に携えた刀の柄に触れながらアッシュは目を閉じた。
シゲルからこの刀を譲り受けたときのことはよく覚えている。渡された瞬間、アッシュに合わせて作られたかのように手に馴染んだこと、嬉しくて頬を緩めるアッシュを見て微笑む彼の表情は忘れられない。
だが、今思うと『イザナミ』を渡し、刀を持つ武士としてのあるべき姿をアッシュに言い聞かせた後の彼は、どこか違和感があったような気がする。
――坊、鞘から抜いてみろ
尊敬するシゲルから認められて浮かれていたアッシュに見たことのないほど険しい顔をして彼は言った。その表情に圧倒され、言う通りに刃を出して構えると彼は安堵したように微笑み、それ以上何も言わなかった。
シゲルは稽古の時は口数が多かったが、それ以外はあまりしゃべらず、静かに過ごすのを好んでいた。騒がしいメンバーの中でいるときでさえ、口角を上げるが、黙って佇んでいた。確かに、自分から話すのが得意ではないが、伝えなければいけないことはきちんと言う人だ。
そんな彼が何も言わずに『イザナミ』を渡すとは思えない。
もしかしたら、言わずとも伝わるはずだと刀だけではなく、シゲルの想いもアッシュは知らずに託されていたのかもしれない。
川の水音と時折聞こえて来る虫の音を楽しみながらしばらく二人で歩いていると道の真ん中に人が立っているのに気が付いた。布で顔を覆い、僧侶のような恰好をしていることから刀を狙って来た男のように見えた。
「え、捕まったんじゃなかったの?」
ここに来るまでにそう聞いたのだが、違ったのか。それとも、『イザナミ』を諦めきれなくて逃げ出してきたのだろうか。
だとすれば、それほどまでに好きな人への想いが強いということなのだと思うが、アッシュたちにとっては迷惑でしかない。今にも男を追って役人が現れるかもしれないと警戒するが、幸い、ここには自分たちの気配しかないので一先ず胸を撫で下ろしながら話しかける。
「あのですね、どれほど彼女のことを想っていたかは知りませんが、貴方は利用されていただけだったんですよ」
素直に真実を告げても認めず、怒り狂うことはわかっているので警戒しながら男に語り掛ける。
しかし、目の前の人物はそれを聞いても薙刀を手にしたまま何も反論してこない。男の様子がおかしいと気づき、首を傾げていると目に見えないほどの速度でアッシュに向かって薙刀が振られた。
「っ!?」
アッシュの左腕から血が地面に滴る。咄嗟に避けたのだが、以前の男の攻撃とあまりに違うことに驚いたために反応が遅れて躱しきることが出来なかった。怪我をした腕を押さえながらもう一度目の前の人物を見るとアッシュは目を見開いた。
「…別人」
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