191 もう一人の仲間
ゲンの教えてくれてた道を二人で歩きながらアッシュは口を閉じて彼から聞いた話を思い出していた。
「結局、フクハラで聞いたことが本当だったってわかっただけだね」
「ああ。だが、先生に何か事情があるってわかったし、知らない人から聞くより、よっぽど良かったよ」
それまで不安もあったがゲンから話を聞き、シゲルの事情を知ることができたことで、やはり何にか理由があったのだとわかった。
「そういえば、ヒルデも先生を信じてくれたんだよな。何でだ」
ヒルデが噂の方を信じる人ではないと知っているが、彼女にとっては会ったことのない人物の話だ。どっちが本当なのだろうと迷うこともあるのが普通だと思うが、彼女は最初から疑ってすらいなかったような気がする。
アッシュの言葉を聞いて彼女は微笑みながら答えた。
「だって、アッシュ君の先生だよ。ならさ、君と一緒で何もかも背負っちゃったんだってすぐにわかるよ」
「…そうなのか」
「話を聞く限り、二人とも似てる気がするよ。自分の所為だって責めちゃうところとかね」
シゲルは落ち着きのある大人と言う印象なのだが、ヒルデは話を聞いてどこかアッシュと同じようなものを感じたようだ。
「先生と俺が似てる、か」
尊敬する師である彼と似ていると言われて悪い気はしない。
「ねえ、アッシュ君、君はもう一人じゃないんだよ。忘れないでね」
アッシュの前に回り込み、笑いながら見上げて来るヒルデに目を丸くすると優しく微笑み返す。
長い間、誰にも頼れなかったアッシュは孤独だった。
しかし、ヒルデという理解者が出来た今となっては、もう遠い昔の話だ。彼女が大切だからこそ、傷ついて欲しくないと思うのだ。
もしかしたら、ゲンという友人がいてもなお、シゲルはアッシュと同じように一人だったのかもしれない。
だが、思い出の中の彼は仲間に囲まれて楽しそうに笑っていた。それはゲンとは違う、自分をわかってくれる人を得ることが出来たからだろう。
川からの涼しい風を感じながら誰もいない道を歩いているとヒルデが口を開いた。
「アッシュ君。もしさ、先生のお兄さんが刀を返せって言ってきたら、どうする?」
突然の問いかけにアッシュは即答できずに黙ってしまった。そうなることもあるとわかっていながらも目を逸らしていたのだ。
理由はわからないが、二本ともシゲルが持って行ったのは事実だ。
『イザナミ』を狙ってきた男の口ぶりからしてもアッシュがそれを持ってオノコロノ国にいることは一部の人間には知られているようだ。噂を聞きつけてシゲルの兄が接触して来る可能性もある。
「…これは、もう俺の一部みたいなものだからな、手放すなんて出来そうもない」
シゲルに渡された時から長く苦楽を共にしてきた『イザナミ』はもう仲間のようなものだ。あちらの言うことが正しいのだと理解していても素直にうなずくことはできない。
「先生のお兄さんに会いに行った方がいいんだろうか」
ミノルに会わずにオノコロノ国を出てもいいのかとゲンから話を聞いたあと、アッシュの中に疑問が生まれた。
シゲルと何があったのかを当事者である彼の口から聞きたいと言うのもあるが、このまま本来の持ち主に何も言わずに『イザナミ』を自分のもののように使い続けてもいいのだろうかと後ろめたく思ってしまったのだ。
ヒルデに聞かれるまで考えないようにしていたが、全てをハッキリさせるためにも彼に会わなければいけないと今は強く感じている。




