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自由になりたい冒険家は世界を見たい  作者: 黒木 森
第一部 プロローグ
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02 自称慎重な冒険者ケビンの出会い

 ギルドには討伐終わりの冒険者が受付に群がっており、併設の酒場もにぎわっている。夕方になったばかりなのにもう出来上がっている冒険者もちらほらいる。

 酔っ払いの冒険者に絡まれるので嫌で、この時間帯は今まで避けていたのだが、なぜ自分はここにいるのだろうか。


 屈強な男に囲まれて一人、ヒョロっとした男が戸惑っている。


「命の恩人に乾ー杯!!」


 屈強な男たちがエールを掲げて、実に美味そうに喉を鳴らしてエールを呑む。

 一方、ヒョロっとした男はどうすればいいのかわからず、目をキョロキョロさせている。


「おい、命の恩人なんだ。もっと、どーんと構えていればいいんだよ」


「そうだぜ。おら、俺らのおごりだぜ。呑んでくれよ、命の恩人様ぁ」


 屈強な男たちはヒョロっとした男の肩に腕を回したり、背中を強く叩いたりしている。ヒョロっとした男、ケビンは覚悟を決め、酒を一気に煽った。

 エール特有の炭酸を含んだそれが、喉を一気に駆け抜ける。爽快感と同時になんとも言えない苦味が広がる。ケビンはこの苦味がどうも苦手だ。


 一気に呑んだせいか酔いもまわってきた気がした。一方、エールを一気に呑んだケビンを見て屈強な男たちは楽しそうに手を叩いて笑っている。

 そんな男たちを見て、ケビンは再び思う。なぜ自分はここにいるのだろうか。




 自分の性格はと聞かれれば、ケビンは慎重すぎるほど慎重であると自信をもって答えるぐらい自他ともに認める慎重な男だ。


 そんなケビンはなぜか冒険者である。冒険者といっても魔物の退治ではなく採取専門の冒険者だ。

 幼いころから小遣い稼ぎに薬草などを採取していたが、評判がよく、調子に乗って冒険者になってしまったのだ。

 ビビりで弱い自分が冒険者などと今でも思うことはあるが、慎重な性格のおかげか大きな怪我も無く続けられている。


 そんな彼は新しく来たティオルという街の近くにある森に採取に出かけた。

 その森では麻痺や毒を扱う魔物が多いと聞き、毒消しなどの薬を大量にバッグに詰めた。弱い自分としては魔物など遭遇しないことに越したことはないし、見かけたら一目散に逃げだすつもりだが、万が一のこともある。


 ケビンが慎重に森を進んでいると声が聞こえた気がした。

 気のせいかとも思い、歩を進めようとしたが、足が止まってしまった。

 もし、人だったら。見過ごして人が亡くなったと聞いたら。一度考えるとどうしても前に進めなくなってしまった。

 覚悟を決め、ケビンは声のするほうに向かった。

 正義感などではなく、自分が見殺しにしたのではないかという罪悪感を抱きたくないためという理由だった。




 向かった先ではいかにも冒険者といった身なりの男が数人地面に倒れていた。


「え、だ、大丈夫ですか」


 ケビンは思わず駆け寄った。と同時に来てよかったと安堵した。


「兄ちゃん、冒険者か」


 一人の男がわずかに体を起こしてケビンに尋ねる。


「冒険者といっても採取専門ですけど。何かあったんですか」


 冒険者といわれると魔物を倒す冒険者を思い浮かべる者が多いので、もし、冒険者と答えて厄介なことにならないためにケビンは冒険者か問われたときに採取専門であると答えるようにしている。


「俺はま、麻痺、あいつらは毒にやられたみたいなんだ。兄ちゃん、薬持ってないか。金は倍払うから。頼む」


「は、はいぃぃ」


 ケビンは急いで持っている薬をありったけ男たちに使った。決して、麻痺の男の必死の目が怖かったわけではない。

 …いや、嘘だ。少しちびってしまうか思ったぐらい怖かった。


 ケビンの薬のおかげで男たちは少しすると立ち上がれるぐらいまで回復した。


「いやー、兄ちゃんは命の恩人だぜ。名前はなんていうんだ」


「いえ、あの、ケビンといいます。冒険者ですが、採取専門、です」


「俺らは『鋼鉄の絆』っていうC級冒険者パーティーだ。俺はリーダーでC級冒険者のダンだ。本当にありがとよ」


 麻痺の男、ダンはケビンの背中を叩いて礼を言った。ちょっと痛いと思っても相手に言えない小心者のケビンであった。


 ダンがいうには毒持ちの魔物の戦闘中に自分以外の仲間が毒を受けてしまったらしい。

 何とか魔物は倒したが、薬も何も用意がなかったダンたちは毒が回る前に街に帰ろうとした。だが、帰り道で運悪く麻痺持ちの魔物に遭遇し、仲間と共に逃げたそうだ。

 運良く麻痺持ちの魔物から全員逃げ切ることが出来た。

 だが、逃げているうちに毒が回ったようで、仲間たちがその場で倒れた。仲間に駆け寄ろうとするが、なぜか毒を食らっていなかったダンも力が抜け、仲間たちと共に地面に倒れてしまった。

 自分も気づかぬうちに麻痺を受けていたようで、力を入れようとしても自分の体ではないように言うことを聞かない。

 死も覚悟したところにケビンが来たのだという。


「命の恩人にお礼しねぇとな。これからギルドでおごってやるよ。どうだ」


 ケビンは酒が苦手だ。だが、酒が苦手だといっても遠慮だと思われるだろう。

 用意していた薬もほとんどこの男たちに使ってしまい、今日の採取は無理だ。

 帰還すると決めたが、薬がない今、少々心細い。魔物を見かけてもすぐに逃げるつもりだが、薬がないのだと思うと、もし魔物に襲われたときにどうしようと不安に駆られる。


 だが、この男たちについて行けば安全に森を抜け、帰還することは容易だろう。何より魔物に襲われたとしても自分より強い者に守ってもらえるという安心感がある。

 こうしてケビンは自分の命と明日来るであろう二日酔いとを天秤にかけ、命を取った。







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