190 魂を抜かれる
当然のアッシュの質問にゲンは口角を上げる。
「道場に来なくなったシゲにどこで何してんだって聞いたら、アイツ、笑いながらそこで天狗と修行してるなんて言いやがったんだ。あ、いや、別の妖怪だったか。
まあ、顔見せなくなってから益々強くなってたから案外本当かもな」
「先生が」
オノコロノ国を自分の目で見ることができ、こうして目的でもあったゲンの挨拶も終わったのでどうしようかと思っていたのだが、シゲルが修行した場所と聞けば見てみたいと興味を惹かれる。
「それにテング山にはな、毘沙門天を祀ってる寺ともう少し先に行くと水の神を祀ってるって神社もあるんだ。シゲが修行したっていう正確な場所は知らないが、そこなら外から来た人には珍しいと、あ、いや」
機嫌よく話していた彼はしまったという顔をして口元を抑えて固まった。それは先ほど掛け軸のことを聞いたときのような表情だった。
話してはいけないことを彼は言ったのだろうと思ったが、深く追求することをせずにアッシュは礼を言った。
「ありがとうございます。行ってみますね」
不自然な態度を取ったにも関わらず、アッシュが聞き返してこなかったことに安堵し、ゲンは山までの道を教えた。少し遠いが歩けない距離でもないようだ。
「迷わないと思うが気をつけてな。あ、でもその近くにあるでっかい屋敷は避けて通れ」
「何かあるんですか」
注意を促すようなところなのでよっぽど危険なのだろうか。
アッシュの疑問にゲンは腕を組んで答える
「俺はよく知らないんだがな、有名な家の別邸で未来が見えるっていう凄い能力があるんだが、病弱でその屋敷から出られないって人がそこに住んでるんだと。で、見たら魂が抜かれるって聞いたな」
「魂が抜かれるって何!?」
あまりにも不気味な話なのでヒルデは目を丸くして問いかけた。
「聞いた話では呆けたようになって仕事もろくに手が付かなくなるらしい。そうなった奴に何でか聞いても訳がわからんことしか言わんからな」
ゲンが難しい表情をしていることからも本当に彼も理由を知らないようだ。
ここは彼の忠告に従って避ける方がいいだろう。
「わかりました。そこには近寄らないようにしますね」
「おう、そこは年中藤の花が咲いてる屋敷だから、見たらすぐにわかると思う」
「…それは春の花では?」
藤は桜と並び春の訪れを感じさせる花だとシゲルから聞いたことがあり、アッシュは首を傾げる。顔を上げてギラギラと地面を照り付ける太陽を見ても、今がとても穏やかな春の陽気とは思えない。
「普通はな。だからこそ、絶対に行くなよ」
念を押すほどに心配するゲンにアッシュは頭を下げ、ヒルデは手を振ってその場を去った。
アッシュたちの姿が見えなくなるまで見送るとゲンは工房へと入る。それを見つけた若い男が彼に詰め寄った。
「もう、遅いですよ、師匠。今まで彼らの対応をしてたんですか」
延々と小言を垂れる弟子を無視してゲンは自分の作業場に掛けられた絵をじっと見つめる。そこには炎を纏った青年が描かれていた。
姿は違うが、題材は座敷に掛けていた龍と同じヒノカグツチだ。ただ、あそこに描かれていた雄々しい龍とは異なり、その目は悲しそうに伏せられていた。
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