189 守り神
「火の神ですか」
そう聞いて改めて目を向けると龍の周りに描かれているのは炎の揺らめきのように見える。
しかし、この絵を見ているとフクハラで見たあの龍神を思い出すのは何故なのだろう。同じ東洋の形をした龍だからなのか。
「俺たち刀鍛冶は火を使うからな。上手く扱えるように、そして火事にならないようにって守り神の意味で置いてんだよ」
そう言って絵を見る目は本当にヒノカグツチを尊敬しているように見えた。
そのあと、シゲルの昔話に花を咲かせていると随分な時間を過ごしていることに気が付いた。
「すみませんでした。突然来てこんな時間までお邪魔して」
少しの距離だが、ゲンに玄関まで送ってもらえることになった。建物を出て太陽を見るともう高くまで昇っていることから昼を過ぎていそうだ。仕事をしばらく中断させてしまったことを申し訳ないと思っていると彼が口を開いた。
「俺はな、シゲのことを信じてた。
だがな、国を出てから何十年も経つのに連絡の一つも寄こさないから、どうも不安になってな。俺があんな刀を打ったから、本当に人から物を奪うような奴に変わっちまったんじゃないかってな」
周りは面白おかしく噂をし、当事者であるシゲルは何も言わないのでは仕方のないことだ。しかも、彼はシゲルの口から直接聞いたそうなので余計に自分を責めたことだろう。
「俺がこんなに悩んでるのに教え子に『イザナミ』を託したからその内、挨拶に来ると思うからよろしく頼むなんて呑気な手紙が急に来たから、呆れたね。
まあ、でも、シゲらしくて笑っちまったよ」
手紙に何が書いてあったのかはわからないが、それを見てシゲルが変わっていないのだとゲンは確信できたのだ。
おもむろにゲンは右手を差し出して来た。意図を理解したアッシュは自分の手を出し、握手をした。彼の手はゴツゴツしていて厚い、正しく職人の手だった。
「シゲの教え子なんてどんな奴だと思っていたが、アッシュさんと会って本当によかったよ」
こちらを見て笑うゲンは実に清々しい顔をしていた。
アッシュの話を聞いてシゲルが国を出たあと、楽しくやっていると聞くことができて長年の憂いが晴れたようだ。
「あ、そうだ。行くとこ迷ってんならテング山はどうだ?」
「テング山?」
「正式な名前は暗部山って名前なんだが天狗が出るってんで、ここらではそういわれてるんだ」
「テングって何?」
初めて聞いた言葉に首を傾げて尋ねるヒルデにゲンは答える。
「天狗ってのは顔が赤くて鼻が長い、空を飛ぶ妖怪だよ」
「それって魔物みたいに倒したりしないの」
妖怪が何なのかわからない彼女の問いかけにゲンは考えるように顎に手を添える。どう言えば外から来た彼女に納得させることが出来るのかを思案しているようだ。
「そうだなあ、神隠しっていう人間を連れ去る悪さもするのもいるらしい。
だが、それが本当に天狗の仕業かわからないし、何より姿形が異なるから排除するってのは、ちと違うというか」
自分でも上手く言えずに悩むゲンにアッシュは助け舟を出した。
「和と共存を重んじるオノコロノ国の考えに反する、ですか」
「ああ、それだな。だから、オノコロノ国では魔物だろうと妖怪だろうと見かけたらすぐに倒すなんてことは他国と比べて少ないんじゃないか。
まあ、明らかに害をなすようなのは別だが」
彼の答えにヒルデは手を叩いてアッシュの方を向いた。
「わかった。前にアッシュ君が魔物を積極的に狩りたくないって言ってたことと同じ考えなんだね」
そういえば、オノコロノ国に来る前に彼女とそんな話をしていたと思い出し、疑問が解決して満足そうな彼女に頷く。
「でも、何故そこに行った方がいいのでしょうか」




