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188 知るからこその苦しみ

 迷いなく、ハッキリと言いきったアッシュを見て、ゲンは目を見開くと小さく笑った。

 いつでも必要以上に話さず、誤解されやすいシゲルをわかり、信じる人が自分以外にもできたことにゲンは安堵した。


「シゲが出て行った後にな、アイツが兄から刀を奪って逃げたって噂が広がったんだ。言い出したやつを見つけて()(ただ)したら、シゲ本人がそう言って回ってたんだと。

 シゲを知らない奴らはこれを信じて、ミノルさんたちには全員同情的だったよ」


 強く拳を握るゲンは悔しそうだった。

 人は時に真実よりも面白そうなことの方を信じてしまう。それが自分に関わりのない他人のことならなおさらだ。

 おそらく、彼はシゲルの醜聞を払拭しようとしたのだが、誰も聞く耳を持たなかったのだ。アッシュに話したことでその時の悔しさが蘇ってきたのだろう。


「…シゲはそんなこと自慢げに言い回るような奴じゃない。あんたの言う通り、絶対何か隠してやがる。そう思って何度手紙を送っても返事が来ねぇし」


「今もやり取りしていると先生から聞いたんですが」


 ゲンの言葉にアッシュは首を傾げた。現在も親しく交流しているような言い方をシゲルはしていたのだが、違うのだろうか。

 アッシュの問いかけに彼は頭を強く掻きながら答えた。


「手紙は出してんだがな、二、三回しかやり取り出来てないうえに、このことは一切何も答えやがらねぇ」


「…あぁ。なるほど」


 S級冒険者ということもあるが、彼らは一つのところに留まるということはない。いつでも自由気ままに様々なところに赴くのが彼らなのだ。


 故郷を出て冒険者になった人と連絡を取りたいと言うのはよく聞く話だ。

 そこで冒険者がどこにいるかある程度わかっているギルドは手紙などを届けてくれるというサービスを提供している。ゲンもそれを利用しているのだろうが、そもそもギルドでさえ彼らの居場所をハッキリと把握できていないのだろう。それでは円滑にやり取りできるはずがない。


「それでその人のお兄さんとか、許嫁さんとかはどうなったの」


 今までしゃべらなかったヒルデが口を開いてゲンは少し驚いたような顔をしたが、素直に答えた。


「ああ、許嫁ってのはただの口約束だったらしいんだがな、そのままミノルさんと結婚して夫婦仲はいいって聞いているな。ミノルさんは道場を受け継いで今も子供たちに教えてるよ。元々面倒見がよくて教えるのも上手いからな。シゲよりもよっぽど適任だな。

 ただ」


 何かを思い出したのか、不自然に言葉を途切れさせてゲンは顎に手を当てて考えるような仕草をした。


「シゲの噂に関してミノルさんは黙ったままだな。

 噂を聞いたことがないのか、あえて言わないのかはわからないが。まあ、悪い人じゃないことは確かなんだ」


 笑いながらもゲンは辛そうな表情をしている。

 ミノルとシゲルという兄弟二人のことを幼い頃から知る彼だからこそ苦しいのだろう。




「まあ、俺が知ってることは全部言ったと思うが、他に何か聞きたいことはあるか」


 先ほどまでの暗い顔からゲンは口角を上げて聞く。無理をしていることはすぐにわかったが、知らないふりをしてアッシュは疑問に思っていたことを聞いてみた。


「あ、それじゃあ、先生とは関係がないんですけど、後ろの掛け軸に描かれている龍は何か題材があるのでしょうか」


 ゲンが座っている後ろには墨で描かれた龍の掛け軸があった。白と黒の二色しかないにも関わらず、今にも動き出しそうなほどの躍動感があり、思わず目を奪われてしまうほどの迫力がある。

 最初に座敷に上がったときから気になっていたのだが、今まで聞けなかったのだ。


「…あれ、は」


 アッシュに問われてゲンは振り返り、背後に掛けられた絵を見て不自然に固まった。

 その様子に聞いてはいけないことだったのかと思っていると彼は言葉を選ぶようにゆっくり答えた。


「あれは、ヒノカグツチ。火の神にしてイザナミとイザナギの息子だ」








楽しんで頂けたなら幸いです。

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