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187 シゲルの過去

 シゲルの父親は刀を教える道場の師範だった。教えが丁寧でそこで習った生徒たちが由緒ある屋敷に何人も仕えたことからウエノ都でも知られた家だった。それで産まれたシゲルと彼の兄は当然のように父の教えを受けた。


 シゲルの才能は凄まじいもので、すぐに頭角を現した。習って間もないのも関わらず、同じ年ごろの子供だけではなく、大人にも負けたことはなく、十になる頃には自身の父を倒すほどだった。

 その才能を間近で見た彼の父の喜びようは大変なものだった。彼を道場の跡継ぎにすると決め、許嫁まで連れてくる始末だった。本人はそんなもの何一つ望んではいなかったのに。




 まだ湯気が昇るほど熱い器を掴み、ゲンは一口飲むと天井を見上げた。


「刀鍛冶になるんだったら刀を扱えないと話にならんて言われて、俺は親父に無理やり道場に入れられてな。そこで初めてシゲと会ったんだ」


「その時の先生はどんな子供だったんですか」


 賑やかな『黄金のゼーレ』の中にいても物静かに佇むシゲルの姿がアッシュには印象的だった。子供の頃からそのようだったのか、それとも違うのか。自分の知らない彼に興味があり、思わずゲンに尋ねる。


 その頃の彼を思い出したのか、ゲンは楽しそうに笑いながら答える。


「まあ、クソ生意気なガキだったな。桁外れに強いうえにほとんど喋らないから同世代の子供から大人までも怖がられて遠巻きにされてた。それを知ってんのに、こいつに道場を継がせるなんてシゲの父親はアホなのかねと子供心に思ったもんだ」


 笑顔で話していたゲンだったが、急に眉間にシワを寄せた。その表情は怒っているのではなく、辛そうに見えた。


「ミノルさん、シゲの兄なんだがな、見てて可哀そうだったよ。いつも弟と比べられてな」


 刀の腕も悪くなく、面倒見のいいミノルは明るく、皆に好かれる優しい人だった。

 だが、周りだけでなく、父親さえ常にシゲルを褒めて比べるものだから、次第にうつむくようになっていった。


「自分の存在が兄を傷つけるとわかってるから、アイツはよく悩んでた。ミノルさんを無自覚に傷つける父親によく怒鳴ってたが、結局理解されなかったな。

 で、いつの間にか道場に顔見せなくなったと思ったら、急に国を出る何て言い出しやがった。あの時は大変だったみたいだな」




 シゲルの発言に当時の彼の家は大騒ぎだった。態度からして道場を継がないと言い出すのは容易に予想が出来た。彼の実力を知った家から仕えてほしいという声がいくつもあったので、そう言ってくれるどこかの家へ行くと、いつか言い出すのではないかと彼の父親以外は思っていた。


 だが、国を出ると言うとはさすがに誰も想像もできなかった。

 激怒した彼の父が頭ごなしに叱りつけるが、シゲルは決して自分を曲げようとしなかった。彼の父はシゲルの揺ぎない覚悟と自分を見つめる冷たい瞳に初めて気づき、ショックを受けた。


 衝撃でふらつく自分を心配して支えるミノルの顔をまじまじと見て明るい笑顔を見せていた彼が怯えたような目をするようになったのはいつだろうと考えるようになった。


 その時に彼の父は、ようやく自分が間違っていたことに気が付いたのだ。

 しかし、それがわかったところで今更息子たち、特にシゲルとの関係を改善できるとは思えない。どうしてやればいいのか何も思いつかないが、せめて、彼らの父親としてやりたいことを応援したと思い、その証として刀を贈ることに決めたのだった。




「で、『イザナギ』をシゲに、『イザナミ』をミノルさんに渡した、はずだったんだがな。それがどうなったんだか、二本ともシゲが持っていきやがった」


 詳しいことはゲンでも知らないようで悔しそうに頭を乱暴に掻く。


 彼が淹れてくれたお茶から立ち昇る湯気を見ながら、やはりフクハラで聞いたのはシゲルのことだったのだとアッシュはようやく認めた。

 だからと言っても、納得することはできなかった。今思えば、シゲルは『イザナギ』だけを頑なに使っていた。アッシュに『イザナミ』を渡すより前からずっとだ。それは兄への罪悪感で使用できなかったとも考えられる。


 しかし、彼を知るアッシュとしては、『イザナミ』が自分の刀ではないと理解していたから使用しなかったのではないのかとしか思えてならない。


「何か、事情があったんでしょうね」


 そうせざるを得ないことがあったのだ。刀を二本持って行かなくてはいけない何かが。







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