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185 言葉が足りない

「あ、そうだ」


 手に持っていたものを思い出したアッシュはゲンにそれを手渡した。


「これ、ウエノ都で買ったものですが、皆さんで食べてください」


 本当は工房についてすぐに渡そうと思っていたのだが、対応した彼の怒号で忘れていたのだ。


「ああ、わざわざ悪いな」


 ゲンは土産を受け取ると急に顔を顰めた。それを見て何かまずいことをしたのだろうかと心配するアッシュに彼は苦虫を嚙み潰したような表情をして尋ねた。


「…何でこれを選んだんだ」


「え? あ、シゲル先生から甘いものがお好きだと伺ったのでそれで」


「くそ、アイツ!!」


 大きな声を上げてゲンは悪態をつくと片手で顔を覆い、うつむく。心なしか耳が赤くなっているように見える。

 そのとき、アッシュはシゲルがそれを言ったときのことを思い出した。


 ――あれはな、あんな顔をして甘いものに目がないんだ。坊が挨拶に行くときに手土産として持っていけば喜ぶだろう


 と笑いながら言っていたとは言わない方がいいだろう。


 ゲンが落ち着くのを待っているとヒルデが体をこちらに傾けて小さな声で囁く。


「怖い人かと思ってたけど、案外可愛い人だったね」


「…それ、本人に言うなよ」


 彼に聞こえないように返すとヒルデはわかっているというようにいたずらな笑顔で頷く。


 おそらく、甘いものが好きなことを恥ずかしいことと思い、シゲルにも隠していたのだろう。それを知っていて彼はわざとアッシュに持っていけといったのだ。このことから二人が未だに気心の知れた仲だということがよくわかった。


 彼はため息を吐くとようやく顔を上げ、アッシュへと手を差し出した。先ほど赤面したのとは別人のような目で真っすぐにこちらを見つめる。


「刀、ちょいと貸してくれるか」


「あ、はい」


 ゲンの雰囲気に呑まれたが、アッシュは落ち着いて腰に携えた刀を両手で渡した。刀を受け取ると彼は刃を固定する留め具である目釘を外し、普段は柄で隠れている銘を確認している。銘は刀の作者名などが刻まされものでそれを見るだけで誰が作ったのかすぐにわかるのだ。


「…まあ、見た瞬間そうだってわかったがな。

 ん、よく手入れされてる。大事にしてるんだな」


「ありがとうございます」


 しばらく見ているとゲンは満足そうに笑み、刃を柄に戻してアッシュに刀を返した。少し見ただけで刀の状態を理解した彼の観察眼に驚かされると同時に嬉しくなった。


 シゲルから刀を託されたあの日から手入れを怠ったことはない。

 しかし、あの男に言われたことがどこか引っ掛かった。自分は本当に出来ているのだろうかと。もしかしたら、自己満足で悦に入っているだけなのではないかと次々と不安が出てきた。


 だが、この刀の製作者である彼の言葉で救われた。自分は間違っていなかったのだと改めて確信することが出来た。


 安堵したようなアッシュの顔にゲンが何を思ったのかはわからないが、彼は自分の息子を見るような温かい目を向ける。顔も醸し出すものも何もかも違うのにそれを見ると何故かシゲルを思い出した。




「で、お前さんはシゲから俺のことなんて聞いてる?」


 刀を返した後、ゲンは胡坐を掻いたまま頬杖を突いた体勢で問いかける。

 何故そんなことを聞くのかと疑問に思いながらもアッシュはゲンとは幼馴染であり、国を出た後も交流をしていたことなどシゲルから聞いたことを素直に話した。


 全て言い終えるとゲンは大きなため息を吐き、うなだれた。


「はあぁぁ、シゲの野郎」


「あの、間違っていましたか?」


 シゲルから聞いていたことを言っただけなのだが、ゲンの反応を見るに何か認識の違いがありそうだ。戸惑うアッシュに顔を上げた彼は手をひらひらと横に振り、再び頬杖を突く。


「いや、間違っちゃいない。間違っちゃないがな、言葉が足らなすぎる。その分じゃ、刀の名前も聞いちゃいないんだろ?」


「名前?」








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