181 百本の刀
「アッシュ君、モテモテだね」
両手を後ろに組んでヒルデはアッシュの顔を覗き込みながら笑う。フクハラではアオイに、ウエノ都ではこの男に狙われたことを彼女は面白がっているのだ。
「全然嬉しくないんだが。それより手伝ってくれないのか?」
アッシュが刃を向けられたというのに彼女は戦斧を背負ったままで戦う気はないようだ。
「ん~、まあ、アッシュ君一人で大丈夫しょ?」
そういいながら、戦闘の邪魔にならないように距離を取ってアッシュに向かって手を振る。その様子から何もしないつもりらしい。
「本当に見てるだけ?」
「じゃ、応援もしてあげる。頑張れ~」
ヒルデの気の抜けた声に思わず脱力しそうになると薙刀がアッシュに向かって払われる。アッシュは刃が当たる前に後ろへ飛んで避けた。
「俺を無視してイチャイチャするな!!」
男は唾がこちらに飛んでくるのではと勘違いしそうになるほどの大声を上げる。表情は見えないのに顔を真っ赤にして怒っているのが手に取るようにわかる。心なしか頭から湯気まで出ているようだ。
「…いや、イチャイチャって、ただ話してただけなんだが」
普通にヒルデと話していただけでそのようなことを言われては堪らないのだが。
彼としては普通にしていることを邪推な目で見られて大変心外なのだが、その呆れたような顔で答えるアッシュの態度が男の怒りを益々膨れ上げさせる。
「どこがだ、この不埒な輩め。
外の国ではそのような態度が男女の日常なのか。羨ま、いや、けしからん!!」
男は叫びながら薙刀を怒りに任せて振るのだが、あまりにも大振りな動きなので軌道が容易に読めるためにアッシュは攻撃を危なげなく躱す。隙もあるのでそのまま反撃することも出来たが、何故このようなことをするのか気になったので男が話すのを待つことにした。
「避けるな、この卑怯者めが!!」
余りにも無茶苦茶なことをいう男を見て早く倒してしまえばよかったかと早くも後悔する。
だが、男が言ったオカザキとはシゲルの刀を打ったという友人の苗字で名前もゲンだったはずだ。もしかしたら、フクハラで聞いた以上のことが聞けるかもしれないという期待もあったのだが、この分では無駄だったようだ。
「まあ、いいさ。お前の刀を奪えばヤエちゃんに捧げる刀がちょうど百本だからな。
俺は、それを持って行って彼女にプロポーズするんだ!!」
「…百八本のバラでプロポーズは聞いたことありますが」
百八本のバラの花言葉が『結婚してください』なので、そういう時に渡すというのはよく聞くが、刀は聞いたことがない。オノコロノ国独自のものなのだろうか。
「うるせえ!! 俺だってなあ、バラを贈りたかったがヤエちゃんが、ヤエ~、刀の方がいいなぁ、なんて可愛く言われたら叶えてやるのが男ってもんだろ」
刃の先をアッシュに向け、堂々と胸を張って言うのだが、どう聞いてもその女性にいいように使われているとしか思えない。
しかし、少なくとも、これで刀を集めているのは男の意志でだけではないことがわかった。
「ちょうど百本目はどうするかって時にゲンの傑作って言われてるのと似たような刀を持ったお前がいるって聞いたヤエちゃんがヤエ~、どうしてもそれが欲しいのぉって言うんだ。よこしな!!」
先ほどからする可愛く甘えるような口調は想い人の真似なのかもしれないが、野太い声の男がそれをしても鳥肌が立つだけだ。
薙刀をなおも振り回す男の攻撃を避けながらアッシュは問いかける。
「それをどこで聞いたとか言っていましたか」
「ヤエちゃんの家は貿易商で情報通なんだ。彼女が知りたいと思ったことは何でもすぐにわかるんだよ」
その言葉でようやくアッシュは納得した。
芸術品と思われるほどの美しさを持つ刀は人気なのだと聞いた。おそらく、男が奪ったものは彼女の家が貿易の商談と称して他の国に横流ししていたのだろう。
アッシュの刀のことはフクハラの店での会話が彼女の家へと聞こえてきたのだ。それが傑作といわれるものだと知ってどうしても欲しくなり強請ったのだと思われる。
「それにお前にみたい外から来た奴が刀をきちんと手入れしているわけがない。いや、そもそもできるわけがないだろ。
本来の役割を果たせず、ただの飾りに成り下がった刀がさび付くのを見て可哀そうだと思わないのか」
男がそういうと急にアッシュの雰囲気が変わった。
どこか落ち着いた表情から、これから狩る目の前の獲物を確実に仕留めるというような鋭いものになった。




