19 それぞれの覚悟
長い沈黙を破ったのはアッシュだった。
「不安なのか。明日の討伐のこと」
そんなことはないと言いそうになった。
しかし、アッシュの言葉を聞いて腑に落ちた。
「…そうかもしれない」
目的の見えない不気味な行動をする残虐な魔物の討伐を前に自分は不安だったのだ。
みんなのことは信じているが、万が一と考えると怖くてたまらない。
そんな時に無意識に頼ったのはキースではなく、アッシュだった。
「確かに、いつもの魔物とは違うかもしれない。
だが、奴らは今まで自分たちの思い通りになっていることで油断しているはずだ。
必ず隙はある。その隙をつけば勝機はあるはずだ」
アッシュは真っ直ぐにアメリアの目を見て話している。
彼女を安心させるために話しているのだとわかっているが、アッシュがこちらを見て話してくれる、自分を心配してくれて嬉しいと思うと同時にキースではなく、アッシュを頼ってしまった罪悪感に押しつぶされそうになる。
アメリアが何もいえずにいてもアッシュはかまわず話しかける。
「俺は戦わない。だが、戦わないなりにサポートする。
もしものときは、俺が囮になってアメリアたちを逃がす」
「そ、そんなのダメよ」
アッシュから思ってもみなかった言葉を聞き、アメリアは動揺した。
しかし、アッシュは揺らぎ無き目でアメリアを見つめた。その目にはアッシュの覚悟が感じられた。
アッシュの覚悟を見てアメリアは自らを恥じた。
戦えない彼がこれだけの覚悟をしているというのに自分は不安だから、未知の魔物への恐怖があるからと甘えようとしていた。
怖いのはアッシュのほうだろう。アメリアたちはブラックウルフと戦えるだけの強さがあるが、弱く、戦えない彼はどうすることもできない。
もし、自分ならと考えたら、足が震え、ブラックウルフがいる場所に行くこともできないだろう。
しかし、アッシュは一緒に行くと言ってくれた。もしもの時は囮になるとまで言ってくれた。
そんなアッシュの覚悟に比べて自分はどうだろう。
依頼を受けると決めたのに直前になって揺らいでしまっている。そんなことではいけないとアメリアは自らを奮い立たせた。
「ごめん、アッシュ。私、どうかしてた。
アイツらを倒して、みんなに私たちを認めさせるのにこんなに弱気になってちゃダメだよね」
椅子から立ち上がったアメリアの目には最初にアッシュの部屋を訪れたときのような揺らぎがなくなっていた。
「明日は絶対に勝つ。そして、いつか国中に英雄って呼ばれるような、みんなに認められる冒険者になろうね。
もちろん、アッシュも一緒に」
おやすみとアッシュに挨拶をしてアメリアは部屋をでた。その足取りは軽く、今なら何でも出来るような気さえした。
「…行ったか」
人の気配が完全になくなったのを感じ取るとアッシュはベッドに寝転び、天井を見つめながらつぶやいた。
「俺は英雄になりたいなんて、言ったことも思ったこともないんだがな。
今も、昔も」
アッシュは起き上がって自分の鞄から古い本を取り出した。
本を綴る紐はほどけかけている所もあり、一目で読み込んでいるのがわかる。
彼は本の表紙を大切そうになぞり、目を閉じた。
再び目を開けた彼は過去を懐かしむような、それでいて切ないような複雑な表情をしていた。
「俺は、カーステンのような冒険家になって世界を見たいだけなんだよ」
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