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179 澄んだ目

「…いや、俺じゃない」


 最初はそう思っていたが、よく見ると視線は彼の腰に携えている刀を向いている。試しに刀を龍神の目の前に持っていくと長い首を伸ばし、それを見つめる。


「あ、本当だ。でも何で?」


「俺にわかる訳ないだろ」


 ヒルデと話していると不意に刀を持つ手から鼓動を感じた。それはアッシュが落ち込んでいたときによく感じていたもので、先ほど龍神を見た時と似ていた。


 増えた疑問に益々頭を悩ませていると龍神が満足そうに眼を細めた。その穏やかな表情に一先ず戦闘にはならないだろうと安堵して互いに相手の顔を見る。

 龍神は蝙蝠のような透明な翼を広げて今度はアッシュたちをしっかりとその瞳に映す。


 すると、彼らは突然、大きな水の膜に包まれた。攻撃を仕掛けてきたかと警戒したが、それからはまるで敵意を感じられない。思わず、龍神の方を向くと澄んだ目をしていた。

 何をしたいのかわからず、アッシュたちが戸惑っていると水の膜が弾けた。


 反射的に目を閉じると打ち寄せる波の音に加え、船の汽笛と活気のある声がアッシュの耳に入る。キョウガ島の近くで船が通ったのかと思ったが、そうだとしても人の声まで聞こえて来るだろうか。


「ここ、は」


 目を開けると見覚えのある港に様々な船が停泊しており、遠くに荷物を持った人々が行き来しているのが見える。海の方を向くとキョウガ島の辺りで太陽が沈んでいくのが目に映った。


「フクハラの港だよね。僕たち戻って来れたの」


「…みたいだな」


 龍神がここまでアッシュたちを送ってくれたということなのだろうか。真意はわからないが、正直助かったというのが本音だ。

 安心すると力が抜け、アッシュは地面に座り込んでしまった。


「せめて、泊まれるところに行くまでは頑張ろうよ、アッシュ君」


「わかってるんだが、少し休ませてくれ」


 思えば、海に投げ出されて無人島を歩き回ったり、命を狙われて殺されかけたりなど大変な一日だった。シゲルと思われる人物が実の兄から刀を奪ったと聞いて悩んでいたことなど遠い昔のようだ。


 ウエノ都に行けば、シゲルのことも、アオイの言っていたこともすべてがわかるのだろうか。そのような期待をするが、とにかく今は何も考えたくないとそのまま地面に倒れ込むのだった。




 夜の帳が下りる中、大きな屋敷の前にたどり着いたアオイは門を潜る。そんな彼の姿を見かけた男が急いで近寄って来た。


「アオイ様、探しましたよ。どこに行かれていたのですか」


 問いかける人物はフクハラの港でアオイを待っていた男だった。


「ああ、それよりも聞いてください。まだ人柱を捧げていないのに渦が無くなったのです。もしや、アオイ様が解決してくれたのでしょうか」


 男は注意したにも関わらずアオイに対して揉み手をしながら、何を期待した目を向ける。その下卑た態度に舌打ちしたくなるのを抑え、丁寧に答える。


「…怒っていたのではなく、苦しんでいたことで渦を起こしていたようです。その原因を解消したので無くなったのです」


 それを聞き、男は安堵の表情を見せ、異常に思えるほどにアオイを褒めちぎって来た。


「さすが、かの有名なヒイラギ家の次期当主様でございますね!!

 貴方様のおかげで民の貴重な命が守られました。アオイ様はこのフクハラの恩人でございます」


 息を吸うようにアオイを褒める目の前の男は自分よりも上の人間に媚びる癖がある。そこが不愉快だが、本質は民を想ういい藩主だ。その証拠に人柱という名の犠牲者をこの地から出さずに済むことが出来て安心しているようだ。


「龍神様は寛大なお方です。人柱などなくてもこの地を今後も守ってくださるでしょう」


「それは今後も人柱を捧げることはないということでしょうか」


 アオイが頷くと男は目に涙を浮かべながら礼を言う。


「本当にありがとうございます」


 心から感謝した様子の男を見てもアオイの表情は崩れることはなかった。


「他の方にもこのことを伝えた方がよろしいのでは?」


「あ、そうですね。アオイ様申し訳ありませんが、失礼いたします」


 男は頭を下げるとすぐに屋敷の中に入っていった。その姿を見てアオイは小さく呟く。


「俺が解決したとは一言も言っていないんだがな」


 太陽の代わりに昇って来た月をふと見上げると全てを見通すような目をするユカリを思い出して、アオイは拳を強く握る。


「絶対に殺させやせぇへんからな」


 そう決意するアオイの鼻孔を甘い藤の花の匂いが通り過ぎたような気がした。





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