175 近づく足音
「ねぇ、アッシュ君。ここって本当にダンジョンじゃないんだよね」
やけに真剣な顔で当たり前のことを聞いて来るヒルデに首を傾げながら答えた。
「特有の魔力を感じたのは、コアが龍神を操ろうとしてた時だけだからな。
あれを壊してもここが崩れるような気配はないし、何よりあの魔力はもう感じないから、ここは現実のキョウガ島のはずだ」
ダンジョンはコアを源に作り出される場所だ。龍神に埋まっていたのもコアだが、あのような小さな欠片ではそれを作るための力が圧倒的に足りない。
そのことからしても、ここがダンジョンという可能性はあり得ないのだ。
しかし、アッシュの答えを聞いても彼女は納得いかないような表情で龍神のいる海の方を向く。
「ならさ、ダンジョンコアの本体ってどこにいったんだろうね」
「…確かに」
もしかしたら、気づいていないだけでどこかに隠されているのだろうかと周囲を探るが、何も感じられない。そもそも、本体があればここはダンジョンになっているはずで、注意しなくとも辺りに嫌な魔力が満ちており、すぐにわかる。
ダンジョンコアについては専門家でも解明できていないことの方が多く、本体が自らの駒となる欠片をダンジョンの外にばらまくということがあるのかもしれない。
そうであるならば、先ほどの龍神のような存在が確認されているはずで、少なくない犠牲が出ていることだろう。
だが、アッシュはそんなことを聞いたこともない。自分が知らないだけなのか、それとも今回のことが特殊なのか判断できない。
「まあ、渦も無くなったし、龍も大人しくなったから、どうでもいいか。
ともかく、これで全部解決だね」
嬉しそうな顔でアッシュを見上げながらヒルデは笑いかける。
彼女の屈託のない笑顔を見て疑問は残っているが、ここで悩んだところで仕方のないことだと気持ちを切り替える。
それよりも忘れているのか、目を逸らしているのかわからないが、まだ残っている大切な問題が残っている。
「まだ、帰りをどうするかが決まってないぞ」
「あ~、使えそうな船もないし、泳いで帰るしかないよね。
でもそれは明日にしよ。アッシュ君、疲れてるだろうし」
確かに、今日は色々あって体力も限界な上、もう日も落ちるので暗闇の中を泳ぐのは避けたほうがいい。ここは彼女の言葉に甘えて明日考えることにしよう。
正直にいえば、もう一歩も動きたくないほどだが、最低でも野営できそうな場所を確保しなければと重い体を通路の方を向けると急に人の気配を感じた。
「ここの島って僕たち以外はいない、よね。」
「そのはず、だな」
島全体を調べたわけではないが、散々歩き回って人が住んでいるような痕跡を見つけることが出来なかったのだ。そのことからも、この島に人はいないと言ってもいいだろう。
だが、正体不明の誰かは確実にこちらへと向かって来ている。
通路の石によって響く足音からして、おそらく一人だ。
渦が消滅したことに気が付いた何者かが上陸したのかと思ったが、それにしてはあまりにも早すぎる。
ならば、調査をするために出航するが、渦の被害に遭って沈没の末にたどり着いたのかもしれないとも思った。
しかし、島に流れ着くという異常な状況であるはずなのに規則正しい足音がする。本当に漂流したのならばこのように落ち着いた音を立てるだろうか。




