170 知らない文字
大きなため息を吐くとアッシュは扉の取っ手に触れる。特に強く押したわけでもないのに扉は独りでに開き、人の代わりに大量の埃が彼らを出迎える。
それだけで、中に誰もいないことを確信したが、咳き込みながらもう一度声を掛ける。
「あの、お邪魔します」
口元を手の甲で抑えながら一歩を踏み出すと雪のように降り積もった埃が舞い散る。思わず出そうになる咳を抑えながら、中を見回すと壊れた椅子や机、シーツが引き裂かれたベッドがあった。その周りには元は何だったのかわからない物体がいくつも転がっている。
「もう何年も使われてないみたいだね」
アッシュの後から入って来たヒルデが両手で鼻と口を抑えながら呟く。
誰もいないのは残念だが、せめてこの島についての手がかりや使えるものはないかと探していると本が落ちていることに気が付いた。手に取り、埃を払って中を見ると知らない文字が並んでいる。
「え、これなんて書いてあるの、アッシュ君」
開いた本を覗き込んだヒルデがアッシュに聞くが、彼は首を横に振った。
「いや、俺も読めない。
もしかしたら、空白の時代に使われてた文字かもしれないな」
空白の時代に作ったと思われる海の中にある通路があったのだ。その時代に生きた人がこの島に隠れ住んでいたとしても不思議ではない。
「どうするの、それ」
「持っていこう。何か書いてあるか気になるしな」
この本が読めそうな人物をアッシュは一人だけ知っている。才能を見込まれ、エジルバ王国の貴族の下で働いていると聞いているので、もし会うことがあれば渡して解読してもらおうと考え、ペンダントに収納する。
本以外に何かないかと二人で調べたが、元々最低限のものしか置いていなかったようで他には何も見つけることは出来なかった。
思っていたようなものが得られなかったことに肩を落としつつ、外に出て体に着いた埃を払いながら、大きく深呼吸する。
「埃まみれになるだけ損した気分」
「少なくとも人がいたことがわかっただけでも収穫はあった、と思いたいな」
期待した分、何も得られなかったことで強い疲労を感じる。
もう一歩も動きたくないというのが本音だが、ぼやぼやしていたら日が落ちてしまう。次は何か見つけられることを祈りつつ二人は小屋を後にした。
再び森を歩いていると崖を背にして建つ何かが見えてきた。
「何だろう、あれ」
「さあな。行ってみるか」
近づくにつれて全貌が見えてきたが、人の手で作られた何かということしかわからなかった。それというのも、壁はあるのだが穴が開き、天井がなくなっているため先ほどの小屋のように原型を留めていないため建物とは断言できないからだ。
「ん~、これって昔の遺跡? でも、なんか違う気がする」
「…もしかして、この壁、あの通路と同じなんじゃないか」
壁は通路と同じ素材で作られ、崩れているところを見ると金属が石に埋め込まれているのが見える。どうやら遺跡のようなここは空白の時代の技術で作られたもののようだ。
「通路と同じってことはやっぱり、ここはキョウガ島なんだね」
「ほぼ、間違いなくな」
だとすれば、中に何かあるかもしれないと思い正面に回ったのだが、金属製の扉は固く閉ざされていた。人がいないのはわかっているが、礼儀としてノックをし、声を掛けてみるが当然だが返答はなかった。諦めて扉を開けようと力を入れるがびくともしない。
「…ここから入るのは無理そうだな」
「じゃあ、僕たちが入れそうな穴、探そっか」
壁に沿って歩き、人が通れるほど大きく崩れている穴を見つけた。露出している金属に引っ掛からないように慎重に建物に入る。もしかしたら、内部に魔物が巣を作っているかもしれないと警戒しながら先に入ったアッシュは予想もしていなかった光景に言葉を失い、立ち尽くした。
「うわぁ、何これ」
後から入って来たヒルデも中を見て、思わず声を上げる。
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