169 小屋のような
「まあ、何かあるとしたら、やっぱりこの中だよな」
背後にある何年も人の手が入っていない鬱蒼とした森を見る。木が成長し、生い茂ることで日の光が当たらず、地面には苔やキノコが生えているようだ。
視界と足元が悪いので探索は後回しにしていたのだが、海岸に何もなかった以上、行くしかなさそうだ。
「行くのはいいんだけどさ。アッシュ君、足大丈夫?
怪我してるんならポーション使ったほうがいいんじゃない」
調べているときにヒルデはすぐにアッシュの歩き方がおかしいことに気が付いた。怪我をして無理をしているのではないかと思ったが、彼が何もいわないので聞かなかった。
だが、手入れがされていない森に入るとなるとそうはいっていられない。
「どうなるかわからないからな。出来るだけ温存しといた方がいいだろう」
普通ならアッシュも我慢することなく使うのだが、ここは無人島だ。いくら魔法鞄と同じ収納機能のペンダントを持っていてもその数は限りがある。
この島から脱出できるかも見通しが立たない今、いつものように使用してはすぐに無くなってしまう。
出られるかわからないという点ではダンジョンも同じだ。
しかし、ダンジョンはそれに加え、いつ魔物に襲われるか予想がつかない場所だ。遭遇しても全力で戦えるように使い惜しむことはないのだが、この島は魔物の気配が感じられない。危険がないのならば、使用せず、様子を見るべきだろう。
「歩けてるから骨は折れてないと思う。大丈夫、本当に危ない時は使うから」
「…絶対だよ」
心配そうに見つめるヒルデに安心させるようにアッシュは痛みを堪えて笑いかける。そのひきつったような笑みを見て彼が無理をしていることはわかっているが、強く言っても聞かないだろ。
もしもの時はフォローしようと彼女は拳を握って決意をして二人は森へと入った。
背の高い草を掻き分け、道なき道を行く。
苔で滑ることもあり、歩きにくいが人どころか魔物も気配もないので安心して進むことが出来る。
「こんなに探してるのに、あの変な恰好の奴が言って怒ってる龍神っての、見かけないし、そもそも何の気配もしないね。やっぱり、アイツ嘘ついたんだよ」
ヒルデはアオイと呼ばれていた陰陽師がどうにも気に食わないらしく頬を膨らませながら不満を口にする。アッシュの方はいるかわからない龍神のことよりも別のことが気になっていた。
「それよりも、建物があると思ったんだが見当たらないな」
キョウガ島は魔物が襲って来た時に逃げ込むようにと言い聞かさせてきた場所だ。ならば、島に避難してきた人々が過ごすための建物が必ずあると思っていたのだが、どこを見渡しても木しか見えない。
もしかしたら、ここはキョウガ島でないのかもしれないという考えが浮かんだ。引き返そうかとも思ったが脱出手段も思いつかないのでこのまま前へ進むことにした。
何かないかと慎重に歩いているとヒルデが大きな声を上げた。
「あ!? アッシュ君あっち見て」
彼女が指さす方を見ると小屋のようなものが建っているのが見えた。ここからではよくわからないが、明らかに人の手で作られたもののようだ。
「行ってみるか」
もしかしたら、この島で住んでいる人がいるのかもしれないと思い、建物へと歩を進めるが、その希望はすぐに打ち砕かれた。建物は見るからにボロボロで、人が住んでいるようにはとても見えなかったからだ。
扉を叩くが、いくら待っても返事がない。壊れて外れかけている窓から中を覗いてみるが誰もいないようだ。
「あの、誰かいませんか」
念のために声も掛けてみるが当然返答はない。
最初から人がいないのはわかっていたが、いざその現実を突きつけられると何とも言えない気持ちになる。




