166 迫り来るのは
刀を手にしたままアッシュは一瞬悩んだ。
敵が石を振り回すのに集中している今、このまま攻撃するために飛び掛かるべきだと思うが、その前にあの石が彼に飛んで来るだろう。
空中で攻撃を避けるのは難しく、出来たとしても後ろで戦っているヒルデにあれが当たってしまうかもしれないと思うと動けなかったのだ。
「ちょ、こんな狭いところでそれはダメでしょ」
ヒルデの声で思わず振り返ると後ろの敵も同じように天井に張り付き、大きな石を振り回しているのが見えた。まるでシンクロするかのような行動に土蜘蛛は夫婦か兄弟なのかもしれないと関係のないことを思ってしまう。
どうすればいいのかと改めて前を向いて考えるアッシュの背中越しに、ヒルデが彼しか聞こえないほどの声で話しかける。
「アッシュ君、――」
それを聞くとアッシュは目を見開き、目の前で振り回される石を見たまま、棒立ちになる。その姿に恐れをなして動けなくなったと判断した土蜘蛛は嬉しそうに赤い目を光らせて石を放ってきた。
速度も威力も桁違いの石が迫って来てもアッシュは避けようともしない。それはまるで何かの合図を待っているかのように見えた。
「いくよ、一、二のぉ、三」
ヒルデの掛け声に合わせて二人は同時に通路の端へと飛んで避けた。アッシュたちが攻撃を躱すと彼らに向かって来ていた巨大な石は交差することなく、それぞれの土蜘蛛に勢いよく当たった。
まさか、アッシュたちを攻撃するはずだった石が、自分たちに当たるとは思っていなかった敵は困惑と痛みで天井から手を離すと大きな音を立てて床に打ち付けられる。
それを狙い、アッシュたちは仰向けに転がる敵の胴体に滑り込むと武器を振り下ろした。赤とは違う色をした血を噴き出しながら、土蜘蛛は二匹ともやがて動かなくなった。
敵が倒せたことを確認するとアッシュは思わずため息を吐いた。
「本当に、無茶苦茶だな」
「僕を信じて合わせてくれたアッシュ君だって大概だと思うけどね」
ヒルデの提案を聞いたときは唖然としたが、今となっては上手くいって良かったと安堵している。土蜘蛛に手を合わせて収納していると彼女が疑問を口にする。
「ここにいる魔物ってこれで全部なのかな」
「他に気配はしないから、少なくともこの近くにいたのはこいつらだけみたいだな」
「じゃあ、安心だね」
先を急ごうとすると、後ろから音が聞こえてきた。アッシュたちがいるのに気付いた別の魔物がこちらに向かって来ているのかもしてないと警戒して武器を手に構える。
だが、それにしては音がおかしい。
「…ねぇ、アッシュ君。水の音みたいじゃない」
「いや、まさか」
信じたくなくてヒルデの言葉を否定したが、アッシュも水にしか聞こえない。
暗い通路の奥がバチっと音を立てると何故か壁に配置されている灯りが一瞬明るくなり、それによって水がこちらに迫って来ているのがハッキリと見えた。
おそらく、土蜘蛛が落ちた時の振動で通路のどこかにヒビが入り、そこから水が流れ込んで来たのだろう。
「やばくない、あれ」
「ともかく、前に逃げろ!!」
武器をしまうと、アッシュたちは必死に足を動かしてなだれ込んでくる水から逃げる。途中で魔物の姿も見かけたが、今は相手をしている暇はないので敵の攻撃を掻い潜り、前へと進む。
しかし、水の勢いは凄まじく、もうすぐそこまで向かって来ている。
「振り切るのは無理か」
「アッシュ君、前見て、前!!」
ヒルデの言葉に従って前を向くと、壁から水が滝のように噴き出しているのが見える。立ち止まり、どうするのか考えていると津波のような高い波がアッシュたちを容赦なく飲み込んだ。
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