162 避難通路
急に手持無沙汰になったアッシュはどうするかと考え、寺をよく見ていなかったことに気が付き、散策することにした。そこでこの寺について書かれた看板のようなものを見つけた。
それによると、彼らがいた寺は昔、戦があった際に討たれた武将の亡骸が運ばれた場所なのだそうだ。亡くなった武将はまだ少年と言えるほど幼く、笛の名手だった。その音色は敵であっても思わず聞き惚れるほどだったと言われている。
そんな所以もあってか、ここに笛を収めることで子供の健康を祈るという風習があるそうだ。
余談だが、敵の武将は自分の子と同じ年ごろの少年を討ったことを後悔し、その後すぐに出家したらしい。仏門に入っても一生悩み続けたことだろう。
立ち止まり、アッシュは目を閉じた。風に吹かれて揺れる葉音の中に微かな笛の音色が聞こえて来るような気がする。
見たことのない古の光景とこの地で起こった悲劇にアッシュは想いを馳せる。
仏の教えでは人は死ぬと生前の罪と向かい合った後、新しい命に生まれ変わるのだという。戦で命を落とした人々が次の生では心穏やかに過ごせることを願い、アッシュはゆっくりと歩き出すのだった。
アッシュが松の前まで帰って来るとちょうどヒルデも向こうから手を振って走って来るところだった。
「お~い、アッシュ君、凄いことわかったよ」
明るい顔をしていることから何か有益なことが聞けたのだろう。いつもの調子で話すヒルデの姿にアッシュは安堵のため息を漏らした。
そんな彼に気づかないぐらい目を輝かせて興奮した様子でヒルデは身振り手振りで話し始めた。
「遊んでた子供たちに聞いたらね、キョウガ島と繋がってる通路があるんだって。
船で海を渡らなくてもそこから行けるよ」
「いや、待て。何でそんなものがあるんだ」
人がいるのならば脱出用の通路があってもおかしくないが、キョウガ島は風を防ぐためだけに作られた無人島だと聞いている。そのような場所と本土を繋ぐ理由がわからず、アッシュは疑問を口にする。
「んっと、魔物が襲って来たときにキョウガ島の方に逃げるために、らしいよ」
子供たちがいうには、いつ作られたのかわからないが魔物が襲って来るようなことがあれば、通路を使って島に逃げろと代々言い聞かされているのだそうだ。
数年前、そのことに疑問を持った人々が実際に使えるのかを詳しく調べた。
それというのも、目に見える橋で繋がっているのではなく、海の中にある通路だったからだ。浸水していないか、そもそも島に繋がっているのかという疑問があったようだ。
調査した結果、魔物の巣がいくつも見られたのでそれ以上は確かめることが出来ず、決して中には入らないように子供たちは注意され、その場所は入れないように封鎖されたのだそうだ。
「ほら、倒しちゃえば、通れるよ」
「いつ作られたかわからないんだろ。安全なのか、それ」
本土と島を繋ぐ通路が海の中にあるというだけでも本当なのかと疑ってしまうのだ。あったとしても長い年月により、老朽化している可能性がある。
「入った子供が言うには、中に水は入ってきてなかったみたい。
まぁ、薄暗いし、怖いしですぐに引き返したらしいんだけどね」
「少なくとも水漏れはしてないんだな」
海の中にある通路なのだ。ひび割れで水が一度でも入れば、すぐに決壊しているだろう。
試してみる価値はありそうだが、どうにも嫌な予感がする。
「悩んでるんならさ、自分たちの目で見てみない?」
こうしてぼやぼやしている内に誰かが人柱として選ばれるかもしれない。他に手もないので行ってからどうするか決めるかと覚悟を決める。
「そうだな、行くか。案内頼めるか」
「うん、わかった。こっちだよ」
自信満々に前を歩くヒルデの後に続いてアッシュは重い一歩を踏み出した。
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