160 命を尊ぶからこそ
キョウガ島、そして人柱のことを知ったアッシュたちはどちらも口を開かずただ歩いていた。ふと顔を上げると赤く湾曲した橋が目に映った。
その奥には寺のような建物が見える。静かな場所で考えをまとめたかった彼らは橋を渡って寺の敷地へと入った。
辺りを見回すと東屋が目に留まった。その中で大きな松が横たわり、目の前には小さな池がある。水が光を反射して輝く様子は何とも美しく、彼らの心を癒した。
落ち着いて来ると港で怯えていた人々の表情が頭に浮かんだ。
「自分や家族が人柱に選ばれるかもしれないと思ったら、恐れるはずだよな」
フクハラに住む人々にとってはよく知られた話のようで調べるのは難しくなかった。
だが、意味がわかってくると何とも言えない不快感がアッシュの胸に広がった。
「平然とした顔で人柱なんて言ってたあの変な恰好の奴もおかしいよね。
それに、人を捧げたからって怒りを鎮めるっていうのも信じられないな。僕が神様なら、そんなのいらないもん」
このオノコロノ国には八百万の神がいるとされている、自然もそうだと考えられており、大樹や岩などもしめ縄を巻き、神として崇め奉っている。自然の神の怒りに触れることによって人の手でどうすることも出来ない災害が起きるのだと言われている。
エジルバ王国など多くの国では、神は限られた数柱しか信じられておらず、それ以外認めない。
また、自然は人が支配できるものだという傲慢な考えが広く根付いているのを知っているアッシュとしては、長年自然と共存して生きてきたオノコロノ国らしくて好ましいと思う。
だからこそ、龍神に人柱を捧げるというのは衝撃的だった。
「一度、人柱を捧げて災害が治まったことがあったんだろうな」
そういった経験から、次からも同じようにすれば怒りを鎮められるとなってしまったのだろう。魔物の命さえ蔑ろにしてはならないというオノコロノ国の考えとは思えない。
いや、命を尊ぶからこそ、それを捧げることを思いついたのかもしれない。
深いため息を吐いているとヒルデが拳を握ってアッシュの前に回った。
「よぉし。何か色々気に食わないからさ、僕たちで渦を止められないか試してみない?
それが出来たらさ、人柱なんかいらないってわかるし、変な恰好してた奴が嘘つきってことになるしで一石二鳥」
また、いつにも増して無茶ないことを言っているなとアッシュにピースサインを向ける彼女に呆れながら問いかける。
「龍神の怒りって言われてるんだぞ。どうやって止めるつもりなんだ?」
「怒ってるんでしょ? なら、原因があるはずだよね。
何でそんなことしてるのか本人に聞くかして、それを解消しちゃえばいいんじゃない?」
「…簡単に言うなよ」
それが出来るのならば、陰陽師の助言など貰わずに自分たちで解決しているだろう。どうにもならないからこそ、人柱を捧げるという話になっているのだ。
「そもそもさぁ、あの変な恰好した奴が言っただけだよ、怒ってるって。
アイツが間違ってる可能性もあるじゃん」
「まあ、確かにな」
有名な一族の出身らしいが、陰陽師のことをほとんど知らないアッシュたちからしたら、彼の言うことを疑わしいと思っても仕方ない。
実際、何が起こっているのか誰もわからないのだからそれも無理のないことだ。
「それで、どうやってキョウガ島に行くつもりなんだ?」
まず、他国の人間の話を聞いてくれるかもわからない。聞いてくれたとしても、キョウガ島に行くために船を貸してくれと言えば、誰も相手にさえしないだろう。
貸してくれるなどという奇特な人がいたとしても、小さな船では近づくことも出来ずに確実に沈没してしまう。
アッシュの疑問にヒルデは顎に手を当てて考えるような仕草をしながら自分の考えを述べる。
「う~ん。あ、僕たちが人柱に選ばれるのはどう?
前は旅人をそうしようとしてたんだから、今回もそうするかも」
フクハラの地に住む人々の非難と恐怖を払拭するために人柱に旅人を選ぶ可能性はあると思うが、それではダメなのだ。
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