157 問いかける声は波に消える
昨日2話連続投稿したので前の話を見ていない方は注意してください。
「で、後から似たような話を聞いて、ああ、アイツのことなんだってわかったんだ」
聞き耳を立てていた客はなるほどと相槌を打っている者もいれば、途中で興味を失った者もいる。アッシュはというと何も言葉が出ず、立ち尽くしている。
そんな彼の表情を見て男は安心させるように話しかけた。
「大丈夫。今のは何十年も前の話で俺は別にお兄さんがそいつだなんて言ってないから。
あ、刀を奪うってので思い出した。それ持ってるなら気を付けた方がいいかもな」
「何で?」
答えることが出来ないアッシュの代わりにヒルデが問いかけると男は腕を組んだ。
「最近刀を狙って勝負を仕掛けてくる大男ってのがいるらしいんだよ。
ほら、刀って他の国じゃ芸術品として今、人気なんだろ。そういうところに売るためにしてんじゃないかって噂なんだ。
たく、人様の物を強奪したうえに売り払うなんてふてぇやろうだよな」
言いたいことを終えると男は二人を席に案内して注文を聞いて立ち去った。
そのままそこで過ごしていたはずなのだが、その間、アッシュは自分が何をしていたのか覚えていない。
店を出るとヒルデとまた街を見て回るのだが、アッシュは始終上の空だった。
「ねぇ、アッシュ君。港の方行ってみない?
君の先生が乗ったっていう船が見られるかもしれないよ」
ヒルデの提案に特に行きたい場所が思い浮かばなかったアッシュは頷いた。
港には船と人が行き来しており、賑やかだった。
いつもはその光景も楽しみの一つなのだが、それを見てもアッシュには何も感じなかった。
ふと顔を上げると港が一望できる丘を見つけた。今は人の声が聞こえない静かな所に行きたいと思い、二人でそこへ向かう。
丘には誰の姿もなく、心地のいい風が吹く。草が揺れる音だけが耳に入って来る。
その音で心が少し落ち着き、その場に二人並んで腰を下ろした。
アッシュの様子がおかしいことに気が付いているはずのヒルデは無理に話しかけることをせず、黙って隣に座っている。
今は彼女の心遣いに甘えることにして座ってもアッシュは何を言うでもなく、船が行き交う海をただ見つめていた。
「刀は武士の魂。刃の曇りは心の曇り。さびた刀はその者の魂がさび付いている証拠なのだと先生から教えられた」
顔を動かさないまま、独り言のようにアッシュは呟く。ヒルデは彼が返事を求めていないことがわかっているので相槌をするだけだ。
「そんな高潔な考えを持つ先生が、人の、ましてや自分の兄の刀を奪うなんて信じられない」
あの店の男が言っていた少年がシゲルなのだとしたら、奪ってまで欲しかった刀をアッシュに譲り渡すだろうか。
「それに、刀を打ってくれた友人に挨拶に行くように言ったのは、他でもない先生だ」
シゲルが持っている刀だけではなく、奪った刀も友人が作ったのだとすれば、そんな不義理なことをしてしまった相手と今でも手紙のやり取りをするほど親しくするような厚顔無恥な人ではないはずだ。
「ウエノ都にいるっていうアッシュ君の先生の友達って人のところに行けばわかるんじゃない?
まぁ、そもそも人違いかもしれないし、気にすることないかもよ」
「…そうだな」
立ち上がりながらヒルデの方を見て頷くが、その顔は暗いままだ。
アッシュもシゲルとは別人だと思いたい。
しかし、何故かそれは彼だという予感が消えてくれない。
「本当は何があったんですか、先生」
この遠い海の向こうにいるはずの彼に問いかけるが、当然、答えは返ってこない。代わりに波の音だけがアッシュの耳に聞こえてきた。




