アメリア③
そう思い、数日を掛けて釣書を選別しているとアメリアの母が逆上し、王都の街の往来で平民の男を襲って殺しかけていると当主の耳に入ってきた。
軟禁していたはずなのに何故と思い調べると男と引き離されてから日々泣いて暮らしている彼女に同情した使用人が外に出したのだという。
その使用人の処分は後にすることにして虫の息である男と彼女を何とか屋敷に連れ戻した。男は呼び出したお抱えの医師に任せて、娘に何故そんなことをしたのかを聞いた。
貴族が平民を殺すことは何も問題ではない。むしろ、よくある話だと言えるだろう。
問題なのは、それを多くの人の目があるところでしでかしたことだ。
人を殺しかけるような乱暴なことをする娘という目で見られ、しいては家の品位に関わる。それがわからないほど阿呆ではない。何か事情があったに違いないと彼女に甘い当主は思っていた。
しかし、彼女の口から出てきた言葉は彼の想像していたものとは異なるものだった
「だってね、お父様。
彼、私のことが好きだと言っておきながら、他の女を侍らせていたのよ。
私と引き離されて寂しいからって、ひどいでしょ。
だから、ダメよって叱っただけなのよ。何かおかしいことをしたかしら?」
自分の行いを悔いるでもなく、不気味なほど穏やかに笑いながらいう娘が何か得体のしれない化け物のように見えた。
再び軟禁することにし、彼女が起こしたことのもみ消しに翻弄したが、すでに王都中その噂で持ち切りだった。来ていた釣書はほぼ取り消され、新しく来る数も日に日に減っていき、ついには来なくなった。
焦った当主は平民の男が何かの間違いで貴族の血を引いていないかと、わずかな希望を抱いて調べてみた。予想していた通り、そんな奇跡はなかった。
だが、調べる内にとんでもないことがわかった。
男は結婚詐欺のような真似をして生計を立てていた。そんなときに、仲間と貴族の女を何日で落とせるかという賭けをした。その標的となったのが、彼女だったのだ。
騙された当の本人はというと平民の男が側にいれば、それでいいらしく彼を殺しかけたとは思えないほど大人しくしている。困ったことをしでかしたと思うが、娘は可愛いので始末するという手段は最初から頭にない。
色々と悩んだ結果、当主はほとぼりが冷めるまで、母と男を領地にある本宅と離れた別邸に閉じ込めることにした。男が善人なら少しは心も痛んだだろうが、全ての元凶は彼なのだ。
恨むならば、軽率な行動をした過去の自分にするがいい。
そんな憎しみを抱き、当主は二人を馬車に押し込んだ。
屋敷に押し込められて数年後、アメリアは産まれた。
愛する人との子供が欲しいという母の希望らしいが、いざ産まれると自分に似た女の子ということもあり、一気に興味がなくなったらしい。
屋敷で働く者たちは口が堅く、母のためだけに動くので誰もアメリアに構おうとしなかった。死んでは困るので最低限の世話を義務的にするだけだ。
父にいたっては常に母が一緒にいて、偶に一人でいる時は怯える目で彼女を見るだけで触ろうともしなかった。
同世代の子供でさえも、アメリアに近づこうともしなかった。
平民である彼女と仲良くしても利益がないと貴族の子は皆、わかっていたからだ。平民の子供は半分であったとしても貴族の血が流れる彼女を傷つけでもしたらと考えたら、誰も関わろうとしないのは当然だった。
母の兄は貴族の義務を為そうとせず、祖父がいつまでも守ろうとする母が気に食わなかった。
今は落ち着いたとはいえ、彼女の醜聞のせいで格下の貴族にまで嗤われたことに我慢が出来なかった。
なので、当主の代替わりに伴い、領地にある村に屋敷を建てたので別邸から引っ越すようにと命令したのは当然だといえるだろう。
令嬢として育った母が働くなどできるはずがないのは、流石に彼もわかっていたので、引き続き使用人を派遣し、面倒を見る代わりに一生自分の前に姿を見せるなと条件を出したのだ。父がいれば、満足である母はこれを了承し、長年住んだ屋敷を躊躇いなく出た。
そして、越してきた村でアメリアはアッシュに会ったのだ。
彼と出会い、会話をすることでアメリアの見ていた世界に色が着き、願いが生まれた。
誰かに認められたい。できれば、アッシュにと。
それは、誰にも必要とされず、顧みられることもなかった彼女の心の叫びから来る望みだった。
アメリアの願いを受け入れようとしなかったアッシュに頭に血が昇り、ひどいことをしたと今なら思える。
だが、両親しか見てこなかったアメリアにとってはそれこそが愛だった。それ以外のものなど知らなかったのだ。
閑話はこれで終わりです。
第3部は8月18日0:00に投稿予定なのでよろしくお願いします。




