アメリア②
それが何なのかわからない彼女が首を捻っているとミックが声を掛けた。
「アメリアさん?」
その声に現実に引き戻された彼女は笑顔で答えた。
「ミックにはいつも助けてもらってるわ。だから、気にしないで」
アメリアの笑みを見てミックはホッと安心した顔をすると頭を下げ、部屋から出て行った。
彼が出て行ったのを確認すると、彼女は片膝を抱えて呟いた。
「アッシュってミックみたいに避けてたっけ」
前ばかりを見て戦っていたアメリアはアッシュをよく見ていなかったが、少なくともミックのように必死になって避けてはいなかったと思う。彼は敵の攻撃が読めるかのように涼しい顔をして余裕をもって回避していたような気がする。
それも、今となってはよく思い出せない。
「私、本当に、自分のことばっかりでアッシュのこと何も見てなかったな」
アッシュが居なくなってから、アメリアは如何に自分の理想を彼に押し付けていたのかを考えられるようになった。
以前の自分の行動を思い出し、彼に迷惑を掛けていたと落ち込んで一時は戦うことが出来なくなるほどだった。
「…会いたいな」
彼が恋しいのではなく、ただ今までのことを謝りたくて。
だが、一般的にパーティーから離脱した人間の行動を知るすべはない。ミミーに頼めば、わかるかもしれないが彼女とは『四本の白きバラ』の担当を外れてから話すことが減った。アッシュのことを黙っていたのもあって彼女のことを信頼できず、何かを頼もうとは思えない。
「私、何で、アッシュの想いを聞かなかったんだろう」
心当たりはある。おそらく、幼い頃に言われた母の言葉をアメリアが盲目に信じていたからだ。
――アメリア。貴方も好きな人が出来たら逃がしちゃダメよ。
嫌だと言ってもその言葉を真に受けてはいけないの。
だから、そういうときは無理にでもこっちの言うことを聞かせるの。大丈夫よ。男の人って照れて素直になれないから、そういっているだけなの、わかった?
安心なさい。私の子なのだから、絶対に貴方の恋は思い通りになるわ
夢があり、それを叶えるために邁進するアッシュはアメリアが縛らなければ、手の届かないところへ行ってしまう。そんな予感がしたからこそ、何をしてでもアッシュを留めたいと彼女も躍起になったのだ。
彼が拒否しても母の言う通り照れているだけだと思い、自信があったのだ。アメリアが何をしても離れることはないのだと。
今となっては後悔しかない。そんなことをしなければ、彼は自分の側にずっといてくれたかもしれないのに。
アメリアの母は貴族だった。
家を継ぐ長男、それから大分間が開いてから母が産まれた。末っ子で、誰もが目を奪われるほどの美しい女の子ということで特に当主である彼女の父に大層可愛がられたが、理由はそれだけではない。
彼女が産まれる前、王に待望の嫡男が産まれた。
家格が違いすぎるので正妃は無理だが、この美貌だ。側妃にならば成れるかもしれないという魂胆が当主にはあったのだ。
それから数年の月日が流れ、デビュタントを迎えると彼女を娶りたいという貴族たちから続々と釣書が送られてくるようになった。
残念ながら王族からは話すらなく、そのことに当主であるアメリアの祖父は落胆した。
だが、釣書の中には格上の貴族のものもあったので、気持ちを切り替え、どこが家の利益になるのかを王都のタウンハウスにある執務室で厳選して考えていた時のことだった。
彼女が突然、この人と結婚すると言って平民の男を連れてきたのだ。
当主たちが驚きながら話を聞くと、王都の街を散策していたときに出会い、恋に落ちたのだという。
それを聞いて彼らは頭を抱えた。
下手な男に捕まらないようにと昔から守っていたのに、よりによって平民を見初めるとは思わなかった。
自分の娘に甘い当主もこれには反対し、彼女を軟禁することにした。
今は恋という麻疹のようなものに掛かっているのだ。しばらくすれば、目が覚めることだろうと。




