154 ティーダの宝
ヌシンは忙しい合間を縫って来たようで、アッシュに箱を渡すとすぐに帰っていった。
「どうりで、見たことがあったはずだな」
「交渉事が上手いのも、王様に似たのかもね」
思えば、神女であることや侵略後のティーダをまとめ上げたことなどから、彼の祖母がクグルであることに気づくべきだったのかもしれない。
偶然とは思えないような出来事の数々に、もしかするとヌシンと出会ったのも、あの声の女性の導きだったのかもしれないとすら思ってしまう。
いや、ただの考えすぎかと自分で納得したアッシュは振り返ってユナの街を見た。
「何か、色々考えさせられたな」
「何を?」
彼の呟きにヒルデは小首を傾げて尋ねた。
「俺が見たいと望んだ世界っていうのは人々が営み、築いてきた歴史なんだなって。
それは喜ばしいことだけじゃなくて、今回みたいな悲しいことも含めてそう言うんだよな。当たり前のことなのに忘れていた」
ティーダに来てから、様々な人々の想いに触れてきた。誰かが誰かを想う気持ちが必ずしもいいことに繋がるとは限らない。
それはカーステンが見た景色を自分も見ることが出来ると浮かれていたアッシュを現実に戻すのには十分だった。
「嫌になった? 世界を見るのが」
アッシュを気遣うような切ない笑顔のヒルデの方を向くと、口角を上げて答えた。
「いや、もっと見てみたいと思ったよ」
カーステンの手記を読んだだけではわからなかった、その土地の空気や住まう人々の想い。それがどうしようもなく、アッシュを惹きつける。
彼が世界を見たいと思うは、そういうことも含めて自らで感じ、知りたいと願っているからだ。
アッシュの答えに満足したのか、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
そのまま、二人で海を眺めていると不意にヒルデが尋ねた。
「そういえばさぁ、ヌシンさんから渡された箱って何が入ってるの?」
フシヌから預かったと言っていたので、土産か何かを買ったのだろうか。
だが、形になるものを欲しがるというのが、どうにも彼のイメージと重ならないので思わずヒルデは尋ねた。
「それじゃ、はい」
アッシュは、先ほどヌシンから受け取った箱を取り出し、ヒルデに渡す。差し出されたのでつい手にしてしまった彼女は慌てて聞き返した。
「え、僕に?」
「ああ。それで、開けて確かめてくれるか。好みもあるだろうし」
彼の言葉が理解できず、混乱しながら箱を開けると、そこには貝殻で出来た花が着いた髪飾りがあり、濃紅色をして釣り鐘のような形をしている。それは神社で見た緋寒桜と呼ばれていた花によく似ていた。
よく見ると小さい真珠も着いており、その美しい装飾に思わず目を奪われる。
「気に入ったか?」
反応からヒルデの好みに合ったのだとわかったが、彼女の口から聞きたいと思ったアッシュは穏やかに尋ねた。
「うん。じゃなくて、どうしたの、これ」
フシヌの店で買ったのかと思ったが、このような美しく繊細な作りの髪飾りは見た覚えがない。アッシュはもう出来たのかと言っていたので、頼んで作ってもらった物のようだ。
「実はな」
ヒルデにそう質問されるのはわかっていたようで、アッシュは説明し始めた。
スイムイ城での一件が終わったあと、アッシュは声の主から貰った首飾りを取り出そうとした。
すると、あの首飾りはなくなっており、代わりに貝殻や真珠といったものが、彼のポケットの中に入っていたのだ。
おそらく、あれはハリユンたちを解放するためのものであり、役割を終えたので消えたのだろう。これらは今回のお礼のつもりなのかもしれない。
だが、貰ったところで、どうしろというのだと悩んでいたら、フシヌの言葉を思い出した。
確か、ティーダには大切な人に貝殻や真珠を使ったものを贈るといったことがあると言っていた。ならば、これを使ってそれを作れないかと考えたのだ。
アッシュはすぐにフシヌに相談し、そういったものを作る人を紹介してもらった。
どんな装飾がいいのか聞かれて、彼の脳裏に神社で見た緋寒桜が浮かんだ。ちょうど、貰った貝殻が同じような色だったのでそれをモチーフに頼んだのだ。
装飾を決めたときに、風になびくヒルデの髪に緋寒桜の飾りを着けている姿が見えた。
「で、髪飾りにしたんだが」
ヒルデは暫し、髪飾りを見つめて黙っていたが、やがて口を開いた。
「…今、着けていいかな」
「どうぞ」
宝物を触るような優しい手つきで箱から取り出すと、そっと髪に着けてみる。
「どうかな」
「いいんじゃないか。戦っているときも邪魔にならなさそうで」
その下心のない素直な答えにヒルデは思わず、噴き出して笑い続けた。
そのまま何をするでもなく、二人で海を見ていると不意にヒルデが尋ねた。
「アッシュ君はさぁ、ティーダの宝って何だと思う?」
「何だ、いきなり」
「いや、急に気になってさ。過去の侯爵や冒険者とか多くに人がそれを求めたのに、結局見つかったって聞かないから余計ね」
ギルドが城に入って調査したと聞いたが、宝を見つけたとは聞かない。
だが、そもそもダンジョンではなくなったスイムイ城は藩主であるヌシンの父に所有権がある。
当然、宝を見つけたとしても所有権は藩主にあるので、発見者の懐に入らないために聞こえてこないのだろう。
しかし、ヒルデが聞いているのはそのような答えではなさそうだ。
目を閉じて考えていると人々の笑い声が聞こえてきた。振り返ってユナの街を見ると以前のどこか影のあるものではなく心からの笑顔で溢れている。
「この光景、かな」
同じくユナの街を見たヒルデは満足そうに頷いた。
「うん。そうかもね」
霧が晴れたティーダの空には、この先の未来のように明るい太陽が眩しいほど輝いている。
今日も暑くなりそうだ。
これにて第2部、終了です。
前回のように閑話を3話挟みます。その後すぐに第3部を開始したいのですが、準備のために2週間ほどお休みさせてもらいます。
8月18日0:00から投稿を再開する予定なので、読んでいただければと思います。
最後に、皆さまの応援のおかげで5月に注目度ランキング、日間ランキングに入ることが出来ました。この場を借りてお礼を言わせてください。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。第3部も引き続きよろしくお願いします。




