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自由になりたい冒険家は世界を見たい  作者: 黒木 森
第二部 エピローグ
159/253

153 オバァの名前

「それで、どうなったんですか?」


「はい。侯爵はその場での謝罪だけで済まそうとしたので、騎士たちが起こした事件を認め、被害者への賠償、騎士の引き上げと駐屯所の解体などを了承する書類にサインをさせました。

 賠償金を貰えたからといっても被害者の心の傷が消えるわけではないのが、心苦しいです。もっと早くこう出来ていればと思ってしまいますね」


 悔しそうに言うヌシンはフシヌが襲われたと聞いた時と同じ表情をしている。

 優しい彼のことだ。あの時は、止める権利があるにも関わらず、そのような事態をどうにかできない自分の力不足を嘆いていたのだろう。


「でも、これで騎士たちの暴行がなくなり、ティーダも少しは平和になるでしょう」


 安心したように微笑むヌシンにアッシュたちもつられて笑う。


 初めて会ったときに彼は観光で盛り立てたいと言っていた。それが平和的に人々を守る方法だと考えていたからだ。ティーダを良くしたい、人々が安心して過ごせる土地にしたいというその情熱が結果を引き寄せることになったのだ。


 アッシュと同じく笑っていたヒルデだったがふっと何かに気が付いたように尋ねた。


「これからも、付き合っていくの? そんな連中と」


 ヒルデも疑問も当然だ。

 今まで対処してこなかった侯爵やティーダを見下していた騎士たちが、すぐに改善するとは思えない。自分たちの立場が悪くなったから大人しくしているだけだろうと言われても無理はない。ヌシンもそう思っているらしく、深く頷いた。


「謝罪したからと言って今までのことを忘れることは出来ませんし、何より、信用が出来ません。時期を見て、リセイン侯爵とは距離を置くつもりです」


 そうなれば、ティーダとの関係が良好なものではなかったのだと人々に知られるようになり、リセイン侯爵は今より厳しい立場に立たされることになるだろう。

 しかし、最初からティーダと誠実に付き合っていたならば、そんなことにならなかったのだ。自業自得としか言いようがない。


 アッシュが今後のリセイン侯爵領のことを憂いているとヌシンが急に真面目な顔になり、頭を下げた。


「本当に、お二人には感謝しかありません。ティーダを代表して礼を言わせてください」


 ヒルデと顔を見合わせ、頷いたのを確認するとアッシュはヌシンに近づき、彼の肩を軽く触れた。それに気づいたヌシンはわずかに顔を上げる。


「…ヌシンさん、()()()()()()()()()()()。そうでしょ」


「そうそう、僕たちに頭を下げることなんて何もないよ」


 彼らの表情を見て、ヌシンは嬉しそうに笑った。




「それより、色々と忙しいんじゃないですか」


 気遣うようにアッシュが声を掛けるとヌシンは困ったような顔をした。


「それはもう。増えた観光客の対応やリセイン侯爵以外の交易相手を探したりなど大変なことばかりです。

 それだけでも忙しいのに気が落ち込んでいた()()()オバァが、夢でオジィと話したとかで、以前より活動的に動き回っているので困っています」


「え、()()()?」


 よく知った名前が不意に出たことでアッシュは目を丸くした。そんな彼を見て何かおかしなことを言っただろうかとヌシンは首を傾げた。やがて、何か思い当たったのか彼は口を開く。


「あ、もしかして、オバァの名前、お二人にに言ったことなかったですかね?」


 目を瞬かせるだけで何も言葉が出てこないアッシュに代わり、ヒルデがヌシンに尋ねた。


「ヌシンさんのおばあさんってクグルっていうの?」


「ええ、祖母の名前ですけど、それが何か?」


 素直に答えたヌシンを尻目にアッシュとヒルデは再び顔を見合わせた。そんな二人の様子に疑問を持ったが、彼らに会いたかったもう一つの理由をヌシンは思い出した。


「そうだ。アッシュさん、これ。フシヌから預かってきました」


 そういうとヌシンは懐から小さな箱をアッシュに差し出した。


「もう出来たんですね。わざわざありがとうございます」


「いえ」


 箱を受け取ったアッシュが礼を言うとヌシンは彼らを真っすぐに見つめた。


「僕ね、お二人に会った時、何かが変わるような予感がしたんですよ。それは間違っていなかった。

 貴方たちのおかげでこれから、ティーダは前に進めるはずです。本当にありがとうございました」


 誰よりもティーダを想うヌシンの顔が、ハリユンと重なる。それが何故なのかが、わかったアッシュたちは何も言わずに彼に頷き返した。







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