152 どれほどの勇気
「で、話したいことって?」
小首を傾げて問いかけるヒルデに、ヌシンは答えた。
「はい。おかげさまで、海の中が見える珍しい神社や蘇ったスイムイ城が話題になりました。思っていたよりも注目されているようで他国からの観光客も増えています」
「よかったですね」
本当に嬉しそうな顔でいうのでつられてこちらまでも笑顔になる。
「ええ。それでリセイン侯爵本人が来たんです。
重要な取引相手から、ティーダに興味があるので昔から交流している侯爵に詳しく教えて欲しいと言われたから色々話せと」
事前にするべきはずの連絡もなしに、いきなりだったらしい。
それだけでもティーダをバカにしているのだが、悪びれることもなく、早く藩主を出せと迫ったそうだ。
「自分たちの騎士がティーダにしてたことの謝罪は?」
ヌシンは苦笑しながら首を横に振った。
彼の父である藩主は、ティーダをまとめ上げるには力が必要だと考え、今や一二を争う腕前らしい。
だが、代わり交渉事は上手くないので、そういうときは文官なども一緒に同席するそうだ。ヌシンも次期藩主として大切な会談のときなどは同席しており、今回も一緒にそれを聞いたのだ。
「いいえ。それについては何も」
今まで散々ティーダから抗議があったが無視してきた人物だ。もしかしたら、そのようなことがあったことすら忘れているのかもしれない。
アッシュが会ったこともない侯爵に内心激しい憤りを感じているのに対して、当事者であるヌシンは胸を張って堂々としている。
「それで僕、言ってやったんです。これまでのことを謝罪し、態度を改める気がないのならば、今この時よりティーダはリセイン侯爵家と縁を切り、他と交易をするので駐屯所に滞在している騎士と一緒に出ていけと」
ティーダに近いのは何もリセイン侯爵だけではない。これまでは、オノコロノ国となったあと、復興などで大変なときに交易をしても利益がないと判断されていたために、なかなか他と交流がなかっただけなのだ。
それが、人が呼びこめるほど注目される場所が出来たことで価値が高まった。今ではティーダが接する海があるところは皆、仲良くしたいと思っているといっても過言ではないだろう。
「大丈夫なんですか」
だからといっても、今後もリセイン侯爵とは付き合っていかなければいけないはずだ。
なのに、そんなことを言ったら侯爵の怒りを買うだけで関係が悪化するだけだ。それはヌシンが一番理解しているはずなのに何故とアッシュは疑問に思った。
「実は、最近侯爵家の資金繰りがより一層厳しくなり、その重要な取引相手と契約できないと貴族としての地位も危ういと彼らが来る前に知っていたんです。
それがわかっていたから、僕も強気で言えたんですよ」
それがわかっていたとしても面と向かって言えるものではない。どれほどの勇気がいったことだろう。
もしかしたら、ティーダで一二の強さがあるという藩主よりも彼の方が豪胆なのかもしれない。
「それでもさぁ、侯爵、怒ったんじゃない?」
ヒルデが心配そうに尋ねるが、ヌシンは微笑んで答えた。
「最初は、僕みたいな若造が生意気なことをと怒りで顔を赤くしていたんですよ。
なのに、今、ティーダと縁を切ってしまえば、取引相手の機嫌を損ねて契約できなくなると理解した途端に血の気が引いて顔が真っ青になったんですよ。
その侯爵の姿に、笑いを抑えるのが大変でした。いやぁ、お二人にも見てもらいたかったな」
その時のことを思い出したのだろう。怖気づくどころか、口に手を当てて笑いを堪えるヌシンは本当に楽しそうだ。
藩主の力とはまた違う強さを持つ彼の姿にきっとティーダは良い方向に変わっていくだろうという確かな予感がした。




