144 何故
力無く剣を持つ手を下げたハリユンを狙って、剣が振り下ろされる。その剣を二人の間に入ったアッシュが受け止め、チルダルに問うた。
「なら、何故、ダンジョンコアを拒み続けたのですか?」
「!?」
刃から伝わる力が動揺によって緩んだのを見過ごさなかったアッシュは剣を押し返す。
今の状況はマズいと判断したチルダルは彼らから距離を取った。
チルダルに向かい合ったアッシュは切っ先を向けたまま、なおも彼に尋ねた。
「何故、スタンピードを引き起こして、オノコロノ国となったティーダを破壊しようと考えなかったのですか?」
ハリユンの話を聞いてからアッシュもチルダルの行動に疑問を持った。ダンジョンマスターとなってスタンピードを起こせば、ティーダの崩壊を望むチルダルの願いは叶うのに、何故それを拒むのだろうと。
それではまるで、ダンジョンの脅威からティーダに住む人々を守っているようだと。
だが、ティーダの外から来た関係のない自分が、余計なことは言わないがいいだろうと思って何も言わずにいたのだ。
チルダルはアッシュの疑問に答えられず、襲っても来ない。定まらない目が、今は混乱しているだけのように見える。
「先ほど貴方はハリユン様を憎んでいるように言っていましたが、そうであるのならば、何故、俺たちがスケルトンとなった兵士たちと戦っているときに彼を斬らなかったのですか」
彼の言っていることが本当なのだとしたら、あの時ほどハリユンを斬る絶好の機会はないはずだ。だが、チルダルはハリユンを斬ることをしなかった。アッシュから見れば、あれは剣の稽古をしているようで、まるで殺意というものがなかった。
「何故、斬られそうになった彼を助けたのですか」
コアを引き寄せるほどのハリユンに対する強い怒りがあったならば、あのまま傍観するはずだろう。
しかし、実際の彼は自分に刀を向けるアッシュを押しのけてまでハリユンを守ったのだ。
思い返せば、アッシュたちがスケルトンを倒したとわかった時のあの表情は王への忠誠心を失い、敵意を持つ彼らがハリユンを傷つけることがなくなったことの安堵だったのではないのだろうか。
「五月蠅い!! 黙れ、黙れ!!」
チルダルは眉間にシワを寄せて苦しそうな声を出す。人型の魔物と化したが、その顔は以前のように人間味があった。
アッシュを黙らせようとチルダルは剣を持つ手を大きく振り上げた。その際、彼の右手に埋め込まれた赤い石が不気味に光る。
今まさに自分に剣が振り下ろされようとしても、彼は避けようとせず、じっとチルダルを見る。
「今だ」
小さくアッシュが呟くと、チルダルの耳に風を切る音が聞こえると、剣を握る手に燃えるような熱を感じた。そちらに顔を向けると右手が矢で射貫かれ、赤い石が砕けるのが見える。
反射的に、矢が飛んできた方向を見ると屋根の上にヒルデがいた。弓を構えていることから彼女に射られたのだと理解した途端、行き場のなくなったダンジョンの魔力が煙となって彼に纏わり付く。
再び、彼を飲み込んで操ろうとしているのだろう。
だが、ダンジョンコアが破壊され、彼が正気を取り戻した今、それは無駄な足掻きだ。清浄な魔力を感じるとアッシュたちがよく知る光が周囲を包んだ。




