130 蘇るスイムイ城
ヒルデが殴り飛ばした方に向かうと黒いドロドロとした何かが蠢いていた。アッシュたちの姿を見るとまくし立てるように何かを言い始めた。
「俺は、世界を正そうとしてるんだぞ。その俺にこんなまねして」
「うるさい」
聞くに堪えなかったのだろう。言い終わる前にヒルデが戦斧を振り下ろすと黒い物体は煙のように消えてしまった。
「結局何だったのかな、こいつ。ダンジョンの魔力と同じような感じがしたし、ダンジョンコアの変化した姿とか?」
「意思を持つコアか。それにしては人間らしすぎないか?」
人の心理を理解し、騙そうとする様子は狡猾な人間にしか見えなかった。
神社を取り込もうとしていたコアも明確な意思を持ってアッシュたちを排除しようとしていた。だが、さきほどのあれを見たあとでは神社のコアの行動はただの防御反応のようなものにしか思えなかった。
「それにしても不愉快な思いをしたのにわかったことはなし、か」
霧の中に入る者たちを外に出していたのはあの黒い物体の仕業ということがわかったが、依然としてこの場所の手がかりはない。
アッシュたちを排除しようという黒い物体に案内された扉は間違いなく罠だろうから、行っても意味はないだろう。
「どうしたもんかな」
二人で考えているとアッシュの鞄が光った。何かと思い、中を漁ると神社で貰ったあの首飾りだった。
「それ貰ったやつだよね」
「ああ。だが、なんで光ってるんだ」
首を傾げていると眩しい光がアッシュたちを包んだ。それは神社で何度も体験した転移の光だった。
目を開けると赤い大きな見たことのある建物がそびえ立っていた。
「…スイムイ城」
「また過去に飛ばされちゃったのかな」
「かもしれないな」
過去で見たスイムイ城とまったく同じなのだが、正面の扉は堅く閉じられている。前回は開いていたので中に入ることができたが、これではどうしようもない。
手に持っている首飾りが導いてくれるかと思ったが光は収まったままで変化はない。戦いの邪魔になるので鞄と一緒にペンダントに仕舞おうかと思ったが、また何かあるかもしれないと思い直して首飾りだけズボンに入れる。
「他に入れるところがあるかもしれないな。探してみよう」
アッシュは正面から離れようとしたが、ヒルデは扉をじっと見て動こうとしない。
「どうした?」
「何か、前と違う感じがする」
そう言うと彼女はおもむろに扉に触れた。いや、触れることができたのだ。
「触れるよ、アッシュ君」
目を丸くする彼女を見ていたアッシュも急いで近くの柱に手を伸ばした。少々ささくれているが、木の優しい温かさを感じる。過去に飛ばされたときは何も触れることができなかったにも関わらず、今はしっかりと触り、感じることができる。
「過去に飛ばされたってわけじゃないのか?」
だとしたら、ここは現実のスイムイ城ということになるが、火事で焼失したはずだ。
ここが過去ならば納得することができるが、現実なのだとしたら、目の前にある城が火事などなかったかのように美しい姿のままであることの説明ができない。
「焼失した建物が元に戻ったとでもいうのか」
アッシュが呆然と呟くとヒルデが考えるように小首を傾げて答える。
「でもさぁ、あり得ないことじゃないんじゃない?」
「どうしてだ?」
「ここが人の想いに引き寄せられたコアが誰かの記憶を元に作ったダンジョンだとしたら、どう?」
ヒルデの言葉に彼はハッとした。確かにそれならば納得ができる。
そうだとすれば、焼失したはずの城を元に戻すほどの強い想いにコアが影響を受けている可能性がある。それは場合によっては神社のときよりも厄介かもしれない。
改めて気合いを入れ直したアッシュは正面の扉を押してみた。扉は鍵が掛かっていないようで力を入れずとも開いた。中からダンジョン特有の魔力が強くなっているのを感じる。
「中に入るぞ。油断しないようにな」
戦斧を構えたヒルデが頷いたのを確認すると彼はゆっくりと中に入った。




