129 たとえ純粋な想いではなくとも
平然と言い返すアッシュの姿を見て、理解できないというように彼女は声を荒げる。
「それがわかっていて、何故そんなヤツを側に置いておくんだ!! あり得ないだろう!!
契約で縛り付けた奴隷なら絶対に反逆されないとわかっているから理解できるが、この女はそうじゃないだろう!!」
自分を裏切れない人間しか信用できないということは、言い換えれば信じられるのは自分だけであって他人を信じることなどできないということだろう。
そんな虚しいことに気づかず、問いかけてくる目の前の彼女にアッシュは哀れみを覚えた。
「ヒルデが何を考えて俺に近づいたかなんて重要じゃない。
ヒルデの言葉が、行動が信頼させてくれたんだ。そんな彼女に信頼で返すのは当然だろ」
彼の答えに彼女は子供の癇癪のように足を踏みならしてこちらを睨み付ける。
「そんなのお前を信用させて裏切るための演技かもしれないだろう!!」
「貴方はその演技のために命を懸けられるか?」
アッシュの問いかけに彼女は何も答えようとせず、口を歪ませるだけだ。
話をしていて相手は自己愛の強い人物のようだと感じていた。ならば、こういえば黙るだろうと思っていたが正解だった。
「逃げれば自分だけでも助かるような状況であったとしても、ヒルデは逃げることなく俺を信頼して一緒に戦ってくれる。自分が危機に陥ったとしても俺を気遣って無理をしても笑う。そんなヒルデだから、俺は信じようと思ったんだ。
それが、たとえ演技であったとしてもな」
目を逸らすことなく真っ直ぐに見ながら言うとヒルデの姿と影のように黒い姿が二重になり揺れる。アッシュは警戒を強め、いつでも抜けるように刀の柄に手を置く。
「ああ、やっぱり、この世界は間違ってるんだ。そうじゃなければ、あんな女を信頼するなんてとち狂ったこと言えるわけない」
さきほどまでヒルデの声だったが、今は若い男の声になっている。男は焦点の合わない目で頭を抱え、独り言を呟いている。
「俺はこの間違った世界をダンジョンを利用して、壊して元の平凡な世界に戻すんだ。ダンジョンを生み出す力を持った俺だけしかできないことなんだ!!
なのに、この救世主たる俺の言うことを聞かずにダンジョン化を拒絶するなんて、どう考えてもおかしいだろう!!
しかも、俺が必死にアイツを取り込んで、ここをダンジョンにしようとしているのに外から冒険者みたいな頭のおかしな連中も来やがって。まだ完全なダンジョンじゃねぇから殺して何か影響があったらと思ったらできねぇし、邪魔だから排除しても虫みたいに沸いて来やがる」
もう会話は成立させる気がないらしく、アッシュには理解不能なことを言っている。得るものはないと判断し、どうするべきかと考える。
「神社の方のダンジョン化も上手くいかねぇし。何がどうなって、あがぁ!!」
苛立ちを次々と口にしていた男が急に吹き飛ぶ。どうやら、声を聞きつけて来た本物のヒルデが平らな斧刃で男を殴りつけたようだ。
彼女は男が吹き飛んだ方に顔を向け、肩を上げている。どこから話を聞いていたかわからないが、男の言動に相当怒っているようだ。
「ここにいるってよくわかったな」
「アッシュ君とはぐれたって気づいて、走りまわってたら声が聞こえたから急いで来たんだよ。なのに、わかんないこと好き勝手言ってる気持ち悪い顔してる訳わかんないヤツがいてムカムカする」
「いや、自分の顔だろう」
いつもみたいにむくれたように頬を膨らましていると思っていたのだが、ようやくこちらを見た彼女は泣きそうな顔をしていた。
「…演技じゃないから」
もとより、ヒルデのことを疑ったことなどないが、その言葉だけで十分だ。
「知ってるよ」
真っ直ぐ彼女を見て微笑むと安堵したかのような顔になってヒルデは笑った。
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