127 霧が隠す真実
中は白い霧に包まれ、すぐ目の前さえハッキリとは見えない。
「魔物の気配もないが、人の気配すらないな」
アッシュたちの他にも入っている冒険者がいるはずだが何も感じない。
「どっちに行っていいかもわからないね」
「離れるなよ、ヒルデ」
自分の姿もよく見えないのだ。そんな中ではぐれたら、見つけることは困難だろう。
なるべく、離れないように注意して歩いていると何かの気配を感じた。
そちらの方を向くと剣が迫って来ていた。反射的にアッシュは刀を抜き、刃を合わせてはね返す。白い霧のなかでぼんやり見える黒い影はなおも懲りずに剣を何度も彼に向かって振って来る。
前がよく見えないとはいえ、剣の軌道は単純で読みやすいので何度攻撃されてもアッシュは難なく刃を受け止める。
「ッチ!!」
剣をいくら振っても手応えがないことで相手は苛立ったように舌打ちをする
「なるほど」
数回打ち合ったことでなんとなく魔物の正体がわかったアッシュは聞こえないような小さな声で呟くと刀の握りを変え、攻撃してくる方に一気に距離を詰めて影に向かって刀の柄で思いっきり突いた。
「ぅぐ」
呻く声と地面に倒れる音がしたので、上手く当てることができたのだろう。音のした方へと向かうと足に何か触れた。下を向くと、冒険者の格好をした男が倒れているのが見えた。
「やっぱりな」
魔物の正体は人だったようだ。アッシュたちと同じように警戒して進んでいたときに何かの気配がしたので、それが魔物だと思い、攻撃を仕掛けたといったところだろう。
「道理で、魔物を倒したという報告がない訳だ」
実際は冒険者の同士討ちだったのだ。霧で前が見えないとはいえ、人を襲ったなどギルドに報告するのは躊躇ってしまうだろう。
もしかしたら、それをわかっていて同じ宝を狙うライバル排除のために仕掛けた者もいるかもしれない。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花か」
霧で前が見えず、正体不明の魔物に襲われると聞けば誰でも恐怖するだろう。それが判断能力を鈍らし、人を魔物と間違えるという自体を招いたのだ。
「あ、そうだ。ヒルデ!!」
戦闘に集中していて彼女とはぐれてしまったようだ。すぐに気がついて声を上げるが、返事はない。
「マズいな」
他の冒険者ならどうにかすることができるが、彼女と戦うことにでもなればお互いただでは済まないだろう。なにより、ヒルデと戦うなんてしたくない。
「返事しろ。ヒルデ」
「あ、アッシュ君!!」
大きな声を出しながら歩くとようやく返事があった。声のする方へ向かうと前にうっすらとヒルデような姿が見えてきた。
「大丈夫だった?」
「…ああ」
返事を聞いて微笑んだ彼女は不意にアッシュの手を取った。
「あっちに、扉みたいなのがあるの見つけたんだ。行こう?」
彼が答えるよりも早く、彼女は強引に手を引いてどこかへと歩き出した。何も言わず彼女に従って歩いているとあることに気がついた。
「戦斧は? 見当たらないが」
ヒルデがいつも持っている戦斧はアッシュを引っ張っているのと逆の手にもなく、背負っているようでもない。
「ああ、あれ、重いから仕舞ってるよ。それがどうしたの?」
振り返り、真っ直ぐにこちらを向く瞳を彼は何も言わずにじっと見つめる。
「いや、何も」
「何それ。変なアッシュ君」
彼の反応に微笑むも彼女は歩みを止めようとしなかった。
しばらく進んでいると、霧の中から大きな扉が見えてきた。
「ほら、ここ。入ってみよう」
手を取ったまま中に入ろうとするが、アッシュは急に足を止めた。




