126 獅子は頷く
スイムイ城跡地の赤い大きな門の前まで来るとダンジョンを前にしたときの独特の魔力がする。だが、かすかに神社でも感じたあの清らかな魔力も感じることが出来た。
「もしかしたら、神社のときと同じでここも完全なダンジョンってわけじゃないのかもな」
本来、ダンジョンに生息する魔物は外に出ることはない。
しかし、ダンジョンコアの暴走によりスタンピードが起きれば人の世界を破壊するために外に出るらしい。
ある説によると全ての魔物はダンジョンで産まれたのだそうだ。
それがスタンピードによりダンジョンの外に出て繁殖し、数を増やしたのだ。今、人の世界に蔓延る魔物たちはそれらの子孫だと考えられている。
スイムイ城跡地はまだ正確にはダンジョンではないためにスタンピードが起きず、魔物は外に出ることがなかったということなのかもしれない。
「だとしたら、面倒だね」
神社のダンジョンで出てきた魔物はどれも手強く、アッシュたちを排除しようと殺気を放っていた。それはおそらく、彼らがダンジョン化を拒む障害だと判断されたためだ。
ダンジョンコアが襲い掛かって来るという異常さからしても間違いないだろう。
「そもそも、この中に囚われている人っていうのは何者なんだろうな」
そんなダンジョンとも言えない場所に囚われていると言うのはどのような事情があってそうなってしまったのだろうかという疑問が口をついて出た。
「ああ、神社で聞いたあれね。そもそも人じゃないかも」
「そうか、その可能性はあるな」
ヒルデに言われるまで忘れていたが、この霧が出て五十一年が経っているのだ。ダンジョンも同じときが流れているかはわからないが、そのときから囚われているとすれば正気を保っているかも怪しいかもしれない。
アッシュが色々と考えていると不思議そうに彼女が尋ねてきた。
「ねぇ、アッシュ君、本当に行くの?」
「そのつもりだが、何でだ」
もう門の前まで来て何故そんなことを言うのだろうと思いながら彼は答えた。
「だって、僕たち、たまたまこの地に来ただけで本来無関係なはずでしょ。厄介事に首を突っ込むのがわかってて行く意味ってあるのかな?」
「だが、頼まれたんだぞ」
過去を見せるなどしてまでアッシュたちに助けを求めたのだ。それを無視することなど出来るはずがない。
彼がそう答えるのがわかっていたのか、ヒルデは小首を傾げながら、なおも問いかける。
「ねぇ、アッシュ君。頼まれたからって気負ってない?」
真っ直ぐに自分を見るヒルデの瞳に一瞬言葉に詰まった。
「頼まれたって言っても絶対にしなきゃいけないわけじゃないよね。もし、無視したとしてもアッシュ君の良心は咎めるだろうけど誰も非難されることじゃないよ。」
確かに彼女の言うことも理解できる。
しかし、アッシュが霧に覆われたスイムイ城跡地に入りたいのは頼まれたからだけではない。
「俺はな、ヒルデ。見てみたいんだ」
「何を?」
「本当の、カーステンが見たティーダの姿を。
なんとなく、ここの霧を晴らすことができれば見ることができる気がするんだ」
霧はティーダが侵略された象徴のようなもので、それを見るたびに、未だエジルバ王国に縛られているのだと嫌でも思い出してしまうだろう。
アッシュから見れば、スイムイ城跡地だけではなく、ティーダの人々にさえ、心に晴れない霧が掛かっているように見える。
しかし、自分たちがスイムイ城跡地に行くことで何かが変わる。そんな気がするのだ。
「まあ、単純に気になるからっていうのもあるんだけどな」
確かに、行かなければいけないという責任感がないわけではないが、謎の女性の頼みがなかったとしてもアッシュはここに入りたいと思っただろう。霧に包まれたダンジョンとも言えない場所なんて冒険家として好奇心がくすぐられないはずがない。
思わず頬が緩んだ彼の顔を見てヒルデは満足そうに笑った。
「そっか。なら良かった。
真面目なのはアッシュ君の良いところだと思うけど、僕もいるんだから、頼ってくれていいんだよ」
彼にそう言いたくてヒルデはわざわざ問いかけたのだろう。こうして彼女が聞いてくれたことで気持ちが軽くなり、自分がどうしてここに入りたいのかハッキリと自覚することができた。
「いつも頼りにしてるよ。ありがとう、ヒルデ。それで、俺のわがままに付き合ってこのまま一緒に行ってくれるか?」
アッシュが礼をいうと彼女は大きく頷いた。
「わがまま何かじゃないよ。僕も一緒に行きたいって思ってるからついてきてるんだよ。
よし、じゃあワンちゃん、僕たち行くから、ここは任せたよ」
門を守るように置かれた獅子が彼女の声に反応して動いたような気がしたのだが見間違いだろう。
「ほら、行こうよ」
いつもの笑顔で先に入ろうとするヒルデに促され、彼は慎重にスイムイ城跡地に入っていた。




