122 最後の記憶
いつものように日課の掃除をしていたクグルは何故か胸騒ぎを覚えて、手が止まった。その意味がわからず首を傾げていると、神社の外から騒ぎが聞こえてきたので顔を上げる。するとスイムイ城の辺りから煙りが出ているのが見えた。
息を呑んだクグルは気がつけば、箒から手を放し、ユナの街まで走っていた。走る彼女に合わせていつもしている首飾りと最近着け始めた腕輪が揺れる。
突然のスイムイ城の火事にユナの街は火から逃げ戸惑う人やそれを消そうと奮闘する人、野次馬やらで混乱していた。この騒ぎでは話を聞けないと諦めかけていたが偶然知り合いを見つけた。人混みをかき分け、何とか近くまで来るとようやく話しかけることが出来た。
「何があったのですか」
知り合いの女性は驚愕の表情のまま首を横に振った。
「あ、クグル様。すみません、私にも何が何だか。」
そう言って泣き始めた彼女をクグルは背中に触れて慰めていると兵士の装備をした男性が慌てて声を掛けてきた。
「クグル様!? どうかお助けください!!」
必死な形相で話す彼を落ち着かせて話を聞くと、港の方からリセイン侯爵の家紋を着けた船が大量に押し寄せ、周囲の人々に非道なことを行っているらしいと言った。男が腰に携えているティーダの兵士全てが装備している半月のような反りのある片刃の剣が血で汚れていることからも本当なのだろう。
「伝令を命じられて、王やチルダル様に助けを求めようと思いましたがスイムイ城があれでは、もう」
クグルが来たときはまだ形を保っていたスイムイ城だが、今は炎にまかれ建物の崩れる音がここまでして来る。鼓動が聞こえるほどの心臓を深く呼吸をすることで抑え、彼女は冷静に兵士に尋ねた。
「お二人は、城の中に居られるのでしょうか」
「王から重要な話があるとのことでしたので主要な場所を守る兵士以外は全てスイムイ城にいるはずです」
その言葉にクグルは目を見開いた。それが本当だとすれば、ハリユンはまだあの中にいるかもしれない。どうすればいいのかと考える彼女に気づかない兵士は再び口を開く。
「お二人が居られない今、頼れるのは女神から祝福を賜ったクグル様だけです。
どうか、力をお貸しください!!」
戦いのことを何も知らないクグルが行っても何も出来ない。それは兵士もわかっているはずだ。
しかし、彼女がいることで女神が我々を見守ってくれるのだと兵士たちを鼓舞することは出来るだろう。目を閉じ、自分はどうすればいいのかと自らに問いかける。
――私が大切なのは、このティーダに住む民だ。彼らを守るためならば、オノコロノ国に与してもいいと考えている
クグルは目を開けると身につけている腕輪に触れ、呟いた。
「ハリユン様。貴方が守りたいと言っていたものを私にも守らせてください」
うつむいていた顔を上げてクグルは兵士を真っ直ぐに見た。その瞳から伝わる決意に兵士は思わず息を呑んだ。
「行きましょう。案内してください」
「は、はい!!」
クグルは焼け落ちるスイムイ城に背を向け、兵士のあとに続いた。その首にあったはずの首飾りはいつの間にか姿を消していた。
光が収まるとアッシュたちは先ほどまでいた鍾乳洞の中に戻っていた。足下には力を失い、壊れたダンジョンコアの欠片が散らばっている。
「…今のは」
「最後の記憶、かな」
夢か幻かと思いたいが、物が焼ける嫌な臭いや混乱に叫ぶ人々の生々しい声があれは現実に起こったことなのだと訴えている。
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