111 心を凪のように
フロニマ・バレルは無理でもチューブ・ジェリーフィッシュを倒すことが出来れば、状況が変わるかもしれないと攻撃を躱しながら距離を詰めたところで刀を振る。
水を斬ったような感覚だったが、敵は二つに裂かれた。それを見て倒せたと思ったのだが、体内にある黄色い物が光ると、裂かれたはずの体はすぐにくっつき、斬られたことなどなかったかのように元に戻った。
驚愕に目を見開くアッシュに対し、チューブ・ジェリーフィッシュの体を巡る帯状の光が点滅する姿はまるで、攻撃しても無駄だと嘲笑っているかのようだった。
アッシュの背中に冷や汗が流れる。攻撃が当たらない敵、斬っても全くダメージが与えられない敵など、どう考えても倒せる訳がない。いつまでも攻撃を躱し続けるなど不可能なため逃げるしかないのだが、もし、後ろにある扉を開けて逃げ込んだとしてもチューブ・ジェリーフィッシュたちも部屋に入ってくるかもしれない。
そうなれば、今いる敵とフロアボスまで相手にしなければならないだろう。
前へと逃げようとしても、果たして敵はアッシュたちを見逃してくれるだろうか。考えても何も思い浮かばず焦る彼の脳裏に鍛錬と称して木の葉を斬ったシゲルとの会話が蘇る。
『シゲル先生。どうすれば先生のように斬ることが出来るのですか?』
幼いアッシュも見よう見まねで斬ろうとするのだが、木の葉は彼の刀を避けるように流れるだけで擦りもしなかった。
『そうだな。まずは心を凪のように静ませて集中することだ。極限まで集中すれば全ての音が消え、斬るべきものの姿以外見えなくなる。そこまで出来れば自ずと動きを捕らえることができる。
あとはそれを斬るだけだ。まだ、坊には難しいやもしれんが、なに、いずれ出来るだろう』
「…集中すること」
聞こえないほどの小さな声で呟くと、アッシュは動きを止めた。
何かをしようとしているのを言わなくても感じ取ったヒルデは、彼に攻撃がいかないように敵が自分に注目するように立ち回る。
彼女に心の中で感謝したアッシュは目を閉じ、息を大きく吐いて、シゲルの言葉を思い出す。焦る気持ちを落ち着かせ、目の前の敵だけに集中して刀の柄に触れる。
自分と刀の鼓動以外の音が消えたことを確認して目を開けると、敵がゆっくりと動くのが見える。まるで世界が止まったかのような錯覚に陥りそうだ。
これがシゲルの言っていたことなのかはわからないが、今なら出来ると確信した。
「あとは斬るだけ。ですよね、先生」
一気に距離を詰め、まずはフロニマ・バレルに向かって刀を振る。風圧で敵が流されることで動きが読めず、攻撃が当たらなかったはずなのに、流れる際にどう動くのかが見えることで容易に斬ることが出来た。
仲間が斬られたことで動揺する敵へと素早く刀を薙ぎ払う。その一太刀でフロニマ・バレルは全て倒され、水の中へと落ちた。
アッシュを狙ってチューブ・ジェリーフィッシュの触手が向かって来るが、攻撃される前にヒルデが戦斧を振り、斬り落とす。
「行って、アッシュ君」
わずかに口角を上げ、彼は敵の元へと走った。
自分に近づけさせないと言うようにチューブ・ジェリーフィッシュは触手ではたき落とそうとするが、アッシュは最小限の動きで回避し、攻撃が外れた触手はヒルデによって斬られる。




