107 魔物は曲がるのを嫌う
敵に対してアッシュたちでは相性が悪すぎるが、何とか倒すための突破口はないかと見つからないようにゼンゴ・ソウ・フィッシュの様子を観察するとあることに気がついた。
「俺が作った草の壁から先に行こうとしていない?」
草の壁を曲がればこちらへ来ることが出来るはずなのに敵はそれをしようとせず、まるで避けるように動いている。
「――魔物は曲がるのを嫌う」
「それってヌシンさんが言ってたことだよね」
「他の魔物はわからないが、少なくともアイツに関してはそうかもしれない。旋回して泳いでいるが、執拗に壁を曲がろうとしないからな。
それなら、ゼンゴ・ソウ・フィッシュの周りにあの壁を置けば、閉じ込めることが出来るかもしれない。
あ、でも、出来たとしても俺の魔法がどれぐらい持つかわからないな」
ただでさえ、ダンジョンという不安定な場所なのだ。外と同じように考えては危険だ。
「それにさぁ、もしかしたら、曲がるのは無理でも壁を壊して追いかけて来るかもしれないよ」
「曲がれないし、壊すことも出来ないから、追いかけてこないってことじゃないのか?
もし、壊せるのなら、俺たちは今頃奴らから逃げ回ってるはずだろ」
「このダンジョンから僕たちが出るためには下に行かなくちゃいけない。アイツらはそれを知っているから、壁を壊して僕たちを探すなんて面倒なことするより、階段で待ち伏せしてるんじゃない? でも、僕たちに逃げられると思ったら壁を壊してくるかも」
せっかく、何とか出来るかと思ったのだが、また振り出しに戻った。腕を組んで考えるがいい案は何も出てこない。
「あ、そういえば、アイツらの中心にいるの白い魚だった、それを守るようにしてあの大きな魚の形になってるみたい」
「もしかしたら、それが奴らのリーダーなのかもしれないな」
そうだとしたら、白い魚というのを何とかすることが出来れば倒せるかもしれない。そのためには周りのゼンゴ・ソウ・フィッシュを排除する必要がある。
どうすればいいのか、アッシュは思考を巡らせ、やがて一つの考えが浮かんだ。
「俺が奴らを引きつけるから、その隙にヒルデは先に階段のある通路で待っててくれ」
「わかった。気をつけてね」
彼女はアッシュに信頼の微笑みを向け、彼も口角を上げることで返事をする。それを見て満足したように頷くと、ヒルデは階段を目指して走り出した。
彼女に気がついたゼンゴ・ソウ・フィッシュは水の球を作りだし、放とうとするが、目の前にまたあの草の壁が現れる。周囲を見回すと、すぐ近くにアッシュの姿が目に映った。攻撃を防ぐ壁を作る彼の方が厄介だと判断した敵はヒルデから視線を外して向かって来た。
自分の方に来たのを確信すると、アッシュは種をばらまきながら同じように魔法を使い、草の壁を作り走り始めた。彼を追いかけるために、現れた壁を曲がることにゼンゴ・ソウ・フィッシュはためらうような様子を見せていたが、それもわずかの間だけだった。
意を決したかのように突進することで壁を壊してあとを追いかけてきた。
「ヒルデが言ってたことが正しかったな」
次々と彼を目がけて水の球を打ってくるゼンゴ・ソウ・フィッシュの猛攻撃を、壁を作って防ぎつつ躱し、階段がある通路に何とか滑り込むことができた。
しかし、敵も彼を追って勢いよく狭い通路に入ってきた。
「――植物よ」
アッシュは魔法で通路の上まで伸びるほどの草の壁を作り出した。ゼンゴ・ソウ・フィッシュは先ほどのように壊そうと勢いよく突っ込むが、壁は何故か壊れず、体に張り付いた。剥がそうと大きな体をくねらせていると余計に纏わり付くことでまともに動けなくなっているとアッシュが草の上を斬った。
すると、草はゼンゴ・ソウ・フィッシュの方へ倒れてきて白い魚の前を守る敵は全て絡め取られ、隠されていた姿が現れた。
「今だ!!」
そう叫ぶとアッシュは邪魔にならないように横へと飛んだ。彼が退くと白い魚の目に自分の方へと弓を構えるヒルデが映る。
逃げようと体を動かそうとするが、矢の方が早く、白い魚を射った。何も抵抗できずに射られた白い魚は水に落ちて、やがて浮かんできた。
それを見た他のゼンゴ・ソウ・フィッシュは急に敵意がなくなりどこかへと泳いで消えていったのだった。
「倒せたってことでいいのかな」
「そう、みたいだな」
魔物の気配はなくなり、辺りは静まり返ってこの場にいるのは彼らと水に浮かぶ矢が刺さった白い魚だけだ。アッシュが作った草で捕らえたはずのゼンゴ・ソウ・フィッシュも姿が見えない。
「もしかしたら、こいつが他の奴らを操っていたのかもな」
刀を納め、白い魚に近づき、手を合わせて彼は呟いた。
「体が白くてどうしても目立っちゃうから、そうして隠れてたのかも。
まぁ、僕としては的として見つけやすかったから良かったけどね」
ヒルデの矢は見事に白い魚の胴体を射貫いている。いくら目立つといっても小さいので当てるのは至難の業だろう。しかも、戦闘中という状況でそれをやってのけた彼女に感嘆の声が漏れる。
「さすがだな」
「でしょ。もっと褒めてもいいんだよ」
自信満々に胸を張る彼女を尻目にアッシュは白い魚を収納して階段がある奧を向いた。
「最初の層でこんな厄介な魔物が出るんだ。一筋縄じゃいかないかもな」
「でも、行かなきゃ出られないから行くしかないよね」
魔物の気配はないが、警戒をしつつ二人は階段へと歩いた。




