105 大きな黒い魚
「斬ったハサミに靴が挟まってたはずだから、あとで回収しよう」
「もぉ、水の中探すの大変じゃん。やってくれたな、このカニめ」
不機嫌な顔をしたヒルデはアルマータ・カラッパへと素早く距離を詰め、戦斧を振ったが、もう一方のハサミで受け止められた。
何かに気がついた彼女は深追いせずに後ろに飛んだ。
「アイツ、やばいよ。めっちゃくちゃ堅い。良く斬れたね、アッシュ君」
「斬ったところがたまたま関節だったんだろう。狙うなら、そこだな。いくぞ、ヒルデ」
「お~!!」
彼らは再びアルマータ・カラッパへと走った。二人を追い払おうと振り回すハサミを難なく回避し、アッシュは関節に狙いを定め、数本の足を斬り落とす。
足を斬られたことでバランスが取れなくなった敵は水の中に逃げようとするが、その前に大きく飛んだヒルデが甲羅目がけて戦斧を振り下ろした。すると、堅いといっていた殻にヒビが入る。
そこを見逃さずに彼女がもう一度、戦斧を振ると殻は壊れ、水しぶきを上げてアルマータ・カラッパは倒れた。
「堅いんじゃなかったのか」
関節を狙うように言ったはずなのに、あえて甲羅を攻撃して倒した彼女に呆れにも似た視線を送ると、ピースサインをしてアッシュに笑いかける。
「堅かったけど、意外といけたよ」
とりあえず、彼女に怪我がないことに安堵し、他に魔物の気配もないのでハサミの側に落ちているはずの靴を探すことにした。靴は思ったよりも早く見つかり、彼が肩を貸すことでヒルデは苦戦しながらも何とか履くことが出来た。
「まぁ、一先ず、見つかったし、アイツのハサミで破けてもなさそうでよかったぁ」
「靴ないと危ないしな」
ただでさえ、地面に水が張っていて何があるか見えにくいうえに魔物が中で潜んでいる可能性もあることがわかったので裸足では余計に危険だろう。
アッシュは手を合わせて倒した魔物を収納し、扉の方へ顔を向ける。
「何か嫌な気配がするな、その扉から」
「もうボスなの?」
「いや、まだ下の階があるはずなんだが」
このダンジョンを探ったときに下の方に流れる魔力を感じたので、まだ地下があるはずなのだが、扉からはボスの部屋を前にしたような気配がする。
「もしかすると、階層ごとにボスが待ち構えているタイプなのかもな」
どのダンジョンであっても最奧にはボスが待ち構えているのは変わらないが、それ以外は異なる場合がある。前回に潜ったミバルの街のようなタイプが多いのだが、階層がいくつもある大きなダンジョンならば、途中にフロアボスが待っていることもある。
黄金のゼーレと共に数々のダンジョンに潜ったときに階層ごとにボスがいるものがあった。今回は、もしかするとそれなのかもしれない。
「ここってどれぐらい深いの?」
「わからないが、少なくともこの扉の向こうが最奧ではないことは確かだ」
「じゃ、気合い入れなきゃね」
そういうとヒルデは戦斧を構え直す。そんな彼女を頼もしく思いながら扉に手を置いた。
「開けるぞ」
さび付いた音を立てて重い扉を開くと、アッシュの身長ほどの大きさの崩れた岩や柱がある広い場所でここも水が張っている。改めて廃墟のようだと思いながら進むと、壊れた扉が見えてきた。中は細長く、狭い通路になっており、奧に階段があるようで魔力を探ると下の方に流れているのがわかった。
「ここが階段の入り口みたいだな」
「ボスがいるかと思ったけど、なんか拍子抜けしちゃった」
「そうだな」
警戒を解き、中に入ろうとした時、真下から魔物の気配がした。彼らは後ろに下がり、武器を構えると波打つほどの水しぶきを上げて見たことがないほどに大きな黒い魚が姿を現わした。
おそらく、フロアボスであろう魚が何かをする前にアッシュは一瞬で距離を詰め、刀を真一文字に振る。
斬ったと思ったのだが、何も手応えがなかった。何故だと疑問に思い、よく見ると、それは小さな魚であるゼンゴ・ソウ・フィッシュの集合体だった。無数の魚が固まることで大きな魚のように見せているようだ。
敵の体が小さいので攻撃はほぼ当たらずにすり抜けてしまったのだ。先ほどのストロング・ジョー・フィッシュと同様、相性が悪いと判断して距離を空けようとしたとき、ゼンゴ・ソウ・フィッシュたちはアッシュの方を向き、口を大きく開けた。噛み付くために突撃してくるのかと思ったので避けようと思ったが、突然悪寒が走った。




