103 深海を照らす星
「どっちに行く? 拝殿のときは最初に右に行ったから、今度もそうする?」
「ああ、そうだな」
ここは拝殿と似た構造をしており、また、左右のどちらを選んでも魔物との戦闘は避けられそうにない。それならば同じ道順を辿った方がいいだろう。
光で魔物が集まるという事態を避けるために花をペンダントに戻し、扉の方へと向かう。
壊れた扉を潜ると、やはり拝殿のときのように海を裂くように渡り廊下が続いている。
だが、あの時とは違い、太陽の日が届かず、海は暗闇で何も見えない。
「海の方は真っ暗だね。何にも見えないや」
廊下は先ほどよりもわずかに明るいが、狭いのでアッシュたちの武器、特にヒルデはこの場所では不利だ。魔物と戦闘になる前に向こうの方に見える建物まで走るべきかと悩んでいると暗いはずの海に灯りが揺らめくのが視界の端に映り、柄に手を置いて警戒しながら顔を向ける。
「あれ、魚だね」
「敵意はないみたいだな」
灯りの正体は発光する魚だった。こちらのことなど気がついていないかのようにヒレを優雅に動かしている。その敵意のない様子にさっきまでの警戒が思わず緩み、柄から手を放して暫し魚が泳ぐのを見つめる。
「僕たちのことが見えてないのかな。なんか悪い子じゃなさそうだよね。
あ、そうだ。これあげてみない?」
自分の空間魔法から何かを取り出した物をヒルデはアッシュに見せた。
「それは?」
「魚の餌。街で歩いてたときに買ったんだ」
「いや、ここは何もせずに通り過ぎるべきだろう」
確かに敵意はないようだが、何がきっかけでこちらを襲ってくるかわからないのだ。余計な戦いを避けるためにここは無視する方がいいだろう。
「そのときはあっちまで走ればいいんじゃない」
そう言って微笑むとヒルデは柵の向こうに餌を持っている手を出した。すると、手から餌が離れるとゆらゆらと海の中を漂った。
「柵の向こう本当に海みたい。手が濡れたし、水がものすごく冷たい」
海へと出した彼女の手は雫がしたたり落ちている。アッシュたちがいるここはダンジョンの中だが、柵からあちらは現実の海なのだろうかと考えるが、何も答えは出ない。
「わぁ、綺麗」
考えることに夢中でうつむいていた顔を上げると、アッシュは息を呑んだ。
光が一つ、また一つと増えていき、やがて夜空を照らす満天の星のような美しい光景となり、思わず目を奪われる。
どうやら、ヒルデの餌に引き寄せられて先ほどの発光する魚が集まってきたようだ。
「ね、やって良かったでしょ。余った餌、アッシュ君にもあげる。
他のところでも出来るかもしれないし、僕だけ餌やりしたんじゃ不公平だもんね」
「待て、無理矢理入れようとするなよ」
悪意のない笑顔を見せながら、ヒルデは彼のズボンのポケットに餌を入れる。
「まあまあ、そんな遠慮しないで」
大きなため息を吐き、もう一度魚の方へ目を向ける。確かに、彼女が餌をやらなければこの光景は見られなかったのだ。そう思うと怒ることが出来ない。
諦めたアッシュはヒルデの好きにさせることにし、邪魔にもならないので餌はポケットに入れたままにすることにした。
「ゆっくり進もうか。あの魚は俺たちを襲わないみたいだが、魚目当てで他の魔物が来るかもしれないからな。」
アッシュの言葉にヒルデは頷き、二人は音を立てないように気をつけながら歩き、建物へと足を踏み入れる。向かいの建物は拝殿と違い、障子が左右にある長い廊下が続いていており、中に入ると魔物の気配が強くなった。




