101 美しくも儚い光景
「最近、リセイン侯爵が妙な動きをしていてね。
今は、彼が個人的に動いているだけのようだが、もし、エジルバ王国までも動くことがあれば、そのときはどうするのか皆で考えているんだ」
ティーダは様々な国と交流することでオノコロノ国などの大国の外交の中心地として機能しているのだ。
もし、手にすることが出来れば、ティーダを拠点として他の国へと攻め入ることは容易だろう。昔から侯爵ではそう考えているようで、小競り合いは今に始まったことではない。
侯爵は古くからエジルバ王国に存在する家だが、最近は落ち目となり、領地拡大のために色々と策を講じていると聞く。そんな無駄なことをするよりも持っている土地を盛り立てる方が立て直しも上手く行くのではとハリユンは思っており、彼が考えている通り、侯爵の策は失敗続きで民の数も減り、窮地に追いやられているようだ。
ここに来て侯爵がおかしな動きをしていると聞いて、ティーダに何か仕掛けてこないはずがない。後がなくなったことで、いよいよ何をしてくるのか予想もつかないところがまた恐ろしい。
「ハリユン様はどうなされたいのですか」
優しく撫でるクグルの手を彼は掴み、真剣な顔で答える。
「私が大切なのは、このティーダに住む民だ。彼らを守るためならば、オノコロノ国に与してもいいと考えている」
その言葉に強い決意を感じて息を呑み、彼女は何も言えなくなってしまった。
「両親のときと違い、時代は変わった。外交により親しくすることで国を守れたのはもう、昔の話になってきている。
ティーダは変わらねばならない。だが、今まで内乱や魔物の討伐しかしてこなかった私たちが今から大国に対抗しようと、もがいても無駄な血を流すだけだ。
オノコロノ国の一部となり、彼らの庇護下に置かれることでそれが回避出来るのならば、それでもいいと私は思っている」
「貴方は兵すら、ティーダの民だと考えているのですね」
リセイン侯爵の騎士だけならば、退けることは出来るだろう。
だが、この先、ティーダは他の国と争うような時がきっと来るだろう。そんなことになれば、大規模な戦闘の経験がないティーダは何も出来ずに敗北し、国は荒れる。そうなったなら一番被害に遭うのは前線で戦う兵たちだ。
彼は先を見据え、たとえ兵であったとしても血を流してほしくないと願っているのだろう。
「ああ。共に過ごした兵は皆、私の家族だ。戦うのが兵士の本懐だと言うことはわかっている。だが、私は彼らも全員守りたいのだ。たとえ、私がティーダ王国、最後の王になろうとも」
兵であろうとも守りたいと思う彼を甘いと言う者もいるだろう。
しかし、そんな彼だから、こんなにも心引かれるのだ。
緋寒桜越しに見える空から、この地に舞い降りたという女神にクグルは祈る。願わくば、この優しい王の想いを理解し、叶えてくれることを。
いつの間にか彼女の目から涙がこぼれ落ちた。泣いていることに気がついたハリユンは何も言わずに手を伸ばし、頬に触れる。その手にクグルは自分の手を重ねて静かに泣き続けた。
「すまない、長居したね」
ハリユンは立ち上がり、クグルに微笑む。最初に来たときよりもスッキリとした顔になっていることに彼女は安堵した。
鳥居に向かって歩く彼を見送ろうと続いて歩く。すると彼はクグルへと振り返り、左手を取った。
「今日、会ったら渡そうと思っていたんだ。受け取ってくれるかい」
ハリユンが手を放すと、彼女の手首には貝と真珠で作られた腕輪がはめられていた。目を見開いて彼を見ると照れくさそうに笑っていた。
「君には女神から貰った首飾りがあるからね。それと被らないように、肌身離さず付けていられる物をと考えたんだ。どうかな」
嬉しくて言葉にならないクグルは涙ぐみながら、彼を見上げて頷く。そんな彼女をハリユンは愛おしそうに自身の腕の中に閉じ込める。
「これから先、何が起きるかわからないけれど、私はずっと君を想っているよ」
花は散ることなく、そのまま落ちて風に吹かれ、二人の周りを舞う。それはまるで女神が祝福しているように見えた。
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