99 過去を見せる意図とは
アッシュが理解できず、髪をかき上げると、二人は再び光に包まれ、再び目を開けると拝殿に戻っていた。
「元に戻ったのか」
「みたいだね」
拝殿は何事もなかったかのように静まりかえっている。あれは夢だったのかと思ってしまうが、二人して同じものを見ることなどないので現実だったと考えるほかないだろう。
「でもさぁ、何だったのかな、あれ」
「やはり、ティーダ王国の過去だろうな」
「ねぇ、アッシュ君。ダンジョンが過去を見せるなんてあり得るの?」
ヒルデの質問にアッシュは言葉に詰まる。
黄金のゼーレと共に数々のダンジョンに潜って来た彼だが、今回のようなことは経験したことがない。
しかし、聞いたことはある。
「ダンジョンコアは人の強い想いに引き寄せられるという説がある。そして、その場合、人の記憶や考えを元にしてダンジョンが作られることが多いそうだ」
「じゃあ、ここは誰かの記憶で出来たダンジョンで、あれはコアを引き寄せた人の過去?
ということは、あのクグルって子から、ここと同じ魔力を感じたのは彼女が作ったからってことなの?」
「そう考えるのが普通なんだろうけどな」
「でも、そうだとしても、僕たちに見せる意味ってあるのかな。過去を変えて欲しいって思ってるならわかるけど、何も触れない、人に見えてない僕たちじゃ何も出来ないってわかってると思うけど」
「余計にわからなくなったな」
アッシュが呟くと、またあの魚が現れて周囲を泳いだと思うと今度は左の扉へと消えていった。
「あれもわからないよな」
「襲ってくるどころか、敵意が全然ないもんね。わからないといえば、前にダンジョンに入ったときは魔物がめちゃくちゃ出てきたのに、ここは全然出てこないこともだよね」
まだ、行っていないところがあるからわからないのか、または、そもそも意味などないのか。考えても答えは出ないので、どちらにしてもあの魚に従って左の扉を開けるしかない。
「行くか」
「帰れないし、行くしかないよね」
扉を開けると右の扉を開けたときと同じ、廊下で海が裂かれているような光景が広がっている。何度見ても、普段見ることの出来ない美しい景色に目を奪われる。
アッシュが思わず立ち止まって見ていると、右の扉で見たのとは異なるサメの集団がこちらへ向かって来ていた。柄に手を掛けて構えようとすると、ヒルデが手で彼を止めた。
「アッシュ君、大丈夫だよ」
「いや、そんなわけないだろう。さっき魚と一緒に泳いでいたのより小さいが、サメなんだぞ」
「いいから、ね」
なだめるようにアッシュに微笑みかけるとヒルデを見て、諦めたようにため息を吐くと刀から手を放した。
サメの集団は方向を変えず、こちらに来たが通り過ぎるだけで何もしてくることはなかった。
「ね、言ったでしょ。サメって怖い顔してるのが多いけど、人を襲ってくる種類はほんの少しなんだって。こっちから手を出したり、血が出てなかったら何もしてこないよ」
「それも、ヒルデの父親が?」
「そう。サメはロマンらしいよ」
話を聞く限り、彼女に負けないぐらい個性的な人なのだろうと容易に想像出来る。
だが、先ほど通り過ぎたサメの集団は、魚の大群とはまた違う迫力があり、圧巻だったので、彼女の父親が言うことも理解できるような気がする。




