97 祈願の儀式
混乱するアッシュたちの耳に太鼓の音が聞こえてきた。音のする方を向くと、何人もの人が白い着物を着て、太鼓や品物を手にして歩いている。
「何かの儀式みたいだな」
「女の人が多いみたいだね」
よく見るとヒルデの言う通り太鼓などを持っている人は女性ばかりだ。何をしているのだろうと観察するが、ティーダのことをよく知らないアッシュではわからなかった。ふと気がつけば、誰もが彼女たちのために道を空け、何か話しているのが目に付いた。
「神女様たちがスイムイ城に祈願に来るのって今日だったのね」
「真ん中にいるのはクグル様か」
そう言った男性と同じ方向を見ると、若いが凜とした雰囲気を持つ女性がしっかりと前を向き、歩いていた。彼女が歩くのに合わせて胸にしている大きな貝殻で出来たペンダントが揺れる。そのまま見送っていると一同はスイムイ城の中に入って行った。
「若き王であるハリユン様は前王である父と母を亡くし、兄弟もなしともなれば、今回の国王の健康祈願は、神女様たちも気合いが入るだろうな」
「急に王になったにも関わらず、民の声を聞き、このティーダ王国のことを一番に考えて行動するなど、なかなかできることではないでしょうね。きっと良き王となってくれることでしょう」
色々と気になることを言っているが、会話の中に出てきたハリユンという言葉に目を開いた。
「ハリユンって」
「ヌシンさんが言ってたティーダ王国、最後の王様のことだよね」
「だとしたら、ここは過去、なのか?」
焼け落ちたはずのスイムイ城やその周辺の空き地だった場所に建つ家などを考えれば、そうだとしか思えない。
だが、ここが過去だとしても、何の目的があって見せているのかわからないうえに、周囲に転移の魔方陣が見当たらないので、どうやって戻ればいいのか検討も付かない。
「ねぇ、アッシュ君。僕たちもスイムイ城に入ってみようか」
「何かわかったのか?」
アッシュの問いにヒルデは首を横に振る。
「そうじゃないけど、ここでこうしてても戻れないみたいだし、せっかくなら入ってみない? 君が尊敬するカーステンも見たスイムイ城の中をさ」
ヒルデにそう言われて、アッシュは改めてスイムイ城を見上げた。エジルバ王国では見たことがない形式で作られた太陽のように赤く美しい、カーステンも見て圧倒されたと書き残すほどの城。
おそらく、この機を逃せば中を見て回ることなどできないだろう。そう思うと、ここがダンジョンの見せている過去なのだという異常な状況など忘れ、今すぐ、行きたい衝動に駆られる。
「だが、関係のない俺たちが入っていいものなのか?」
王族が住んでいたとされる場所で、祈願の儀式のために中で何か執り行われるはずだ。何をするかわからないが、そんな重要なところに無関係である自分たちが入ってもいいものかとわずかに残った理性がアッシュに問いかける。
彼が葛藤で唸っているのを見て、ヒルデは笑った。
「アッシュ君、大丈夫だよ。みんな僕たちのこと見えてないもん。入っても誰も気づかないし、触ることもできないから、邪魔しようもないしね」
「…そうだった」
先ほどは他の人と話も出来ない、触れもしないことに困っていたが、今なら咎められることなく中に入ることができるのだ。
そんなことを忘れて意味のないことに悩んでいた自身に呆れる。
「そうと決まったら、行こう。祈願するのを見られるかもしれないよ」
今度はヒルデの言葉に躊躇いなく頷き、スイムイ城に入った。




