第45話 元世界王者よ、返り咲け・後編
芯のあるものなのによく透き通った声、腰まで真っ直ぐに伸びた艷やかな黒髪、少しフリルのある白のブラウスに深みのある黒のロングスカート。
凛とした声とは裏腹に、どこか儚さも感じられる彼女こそ、第5回FLOW世界大会の特別解説であり、あのエミリア式の開発者。
「なんで、あなたが……」
たしかに、特別解説と選手が会ってはいけない、とかいうルールは無かった。
だからといって、会いに来るギリも無いだろうに。
それに、俺もアミアも彼女とは初対面のはずだ。5年前と4年前、そのどちらでも『エミリア』という名前は聞き覚えがない。
「ふふ、その回答はあなたの相方が持ってると思うわよ?」
観戦ライブの時とは違い口調を崩したエミリアさんは、初対面だというのに少し可愛いと思ってしまった。
……いかん。年上のはずなのに、低めの身長も相まって年下っぽい目で見てしまう。
「アミア、大人しく吐け」
「俺なんでそんな脅迫されてんだよ、エr……レイ」
この場にいるあおちとさくちは、俺=elleと知らないのを思い出してアミアは言い直す。
「実は、まだ他に連絡を取っているやつがいるんだ」
「ふむ、キノコ組か」
「……そうだけど、そこは『だ、誰なんだ!?』ってなるところじゃん? 急に頭いいアピしなくてもいいじゃん? 俺が悲しいじゃん?」
ふざけた口調だけど、その顔は半分冗談半分真剣みたいだった。
嘘でもそういう反応するべきだったか。
ふっ、でも俺は学んだぜ……今から言い直しても遅いってな!
「でも、なんでし〜たけさんたち……?」
「それも本人の口から聞きましょうや、兄やん」
「俺の方が成績兄やんってことか」
「うぜぇぇぇ!!」
隣室に気をつけたボリュームで叫びながら、アミアはスマホを俺に渡してくる。
チラッと画面を見るとし〜たけさんと通話が繋がっていた。
スピーカーモードにしながら俺は話し始める。
「もしもし、どちらさまですか?」
『分かってて聞いてるってのがこっちに伝わるっちゅうのがいっちゃん質悪いで……』
めちゃくちゃバレてた。当たり前とも言える。
「それで、し〜たけさんがエミリアさんとコンタクトを?」
『そゆことや! エミリアとは去年から仲良くしててな〜。あと、1ヶ月前の借りを返しただけや。エ……レイ言ってたやろ、「同じスタートラインに立ってもらうことしかできない」って。そーいうことや』
その言葉は俺自身もよく覚えている。混沌を伝えたときのセリフだ。
…………これも、5年前にはあり得なかったことだ。
いろんな人と関わったからこその、『お返し』なのだから。
『今大会においてエミリア式を知らないのは、同じスタートラインとは言えへんからなぁ。あ、そうや。会場から出るときのBASTARD Qの顔見たか?』
「いえ」
あとから聞いたが、BASTARD QはaMaとelleの大ファンだったらしく、今大会で戦えるのをめちゃくちゃ喜んでいたらしい。
そして、第1試合で俺たちを倒したのがBASTARD Qだとも聞いている。
……となると、憧れの存在に勝てて嬉しい表情とかだろうか?
『めちゃくちゃ浮かない顔してたんやで』
「え」
『ワイたち最古参の上位プレイヤーが知るお前らは、誰も知らないが最先端の技をさも当然かのようにこなす選手なんや。ずっと姿を消してたとはいえ、エミリア式で終わるとはあいつらも思ってなかったらしい』
【がっかり】【落胆】【失望】【期待外れ】。
つまりはそういう表情をしてた、ということか。
……。
…………。
………………。
「────はっ。言ってくれるじゃねえか」
俺の闘志の炎──いや『狂犬魂』に、大量に油をかけたんだ。
やられっぱなしじゃ──終われんなぁ!!
『んじゃ、ワイからはそれだけやで。もちろん同じスタートラインに立ったからって、ワイたちが無様に負ける気は無いからな〜!』
「えぇ。そっちも、無抵抗に死なないでくださいね?」
お互い楽しそうに煽り合うと、その後ポコポンという軽快な音とともに通話が切れた。
「そういうことだわ。私は『エミリア式』という存在を"伝えるだけ"。その対策なんて知らないからね」
「それだけで十分です。俺を誰だと思ってるんですか」
「あら、私は新人VTuberさんに話してるはずだけれど?」
……ん? どういうことだ? エミリアさんは俺=elleを知らないのか?
チラッとアミアを見ると、あんぐりと口を開けていた。
どうやら俺=elleということは知っているみたいだが、隠しているらしい。
しかし……あおちとさくちがいるから、といった感じでは無い気がするな。
「これは私の独り言ですが、『elle』はもう故人だわ」
突然何を言い出すかと思えば、elleへの批判だった。
反論したい気持ちもあるが、ここは一旦現役のプロ選手の話を聞くことにする。
「昔のFLOWと今のFLOWは、一見同じに見えても天と地ほどの差がある。アミアと違い、古きに囚われている彼は今の時代もう輝けないわ。だから私は、今の時代を生きるレイに伝えるの。どういう経緯があったか分からないけれど、今あなたがあの名前を捨ててレイを名乗ってるってことには、強い覚悟と大きな意味があったのでしょう?」
elleであることを隠しつつ、回りくどく話した。
だが、その意味は俺によく伝わり、そして心に深く刺さった。
──そうだ。
俺はずっと初代世界王者『elle』であることに固執してきた。
『elle』であることが俺の存在意義とも言えた。
だが、その本質が違うんだ。
目標に向かって常人の何万倍もの努力を積み重ねることこそが『俺』であり、その結果が『elle』なのだ。
『elle』を再現しようとする今の俺は、俺じゃないんだ──!
『バズること』とかいう不純な動機とはいえ、俺はれっきとした目標を持って『Ray』になったんだ。
Rayこそが、今の俺だ!!
「──エミリアさん、よろしくお願いします。このRayに、今のプロ選手と対等なスタートラインに立つこと、そして、elleを倒すチャンスチャンスを、俺にください!!!」
「──ふふ。えぇ、もちろんです」
窓から差し込む月明かりは、俺の未来を暗示するような鮮やかな白銀だった。
◇ ◆ ◇
俺の人生を大きく変えることになった夜もついに明けてしまい、FLOW世界大会DAY2当日になった。
準備を終えた俺の部屋には、アミアだけでなく昨晩解散したはずのあおちとさくちも来てくれていた。
「うちたちは観客用の入り口から入らないとだし、2人と一緒にいるとリアルバレするのでここでお別れっす!」
それでも念の為サングラスを着用する2人は、そもそもの美人さも相まって本物のハリウッド女優みたいだった。
「応援してくれないとめっだよ」
「レ、レレレイさん!? だ、誰の真似なのかなぁ!?」
「あおいちゃん、語尾」
「もーー!!!! 調子狂うっす!!!!」
なんか俺たちよりも緊張してそうだったのでちょっとボケたら、思ったより赤くなっちゃった。
「よし──アミア、行くか」
「おう。かまさないとな」
「あ、お2人ともちょっと待ってください!」
俺たちが会場に向かうため部屋を出ようとすると、さくちに引き留められてしまう。
どうした?と思っていると、2人は俺たちの後ろに立ち────
「「頑張ってください(っす)っっ!!!!」」
俺たちの背中をバシッと勢いよく、そしてたくさんの想いを込めながら叩かれた。
「「おう!!!」」




