-おにかいのサブレ-
まぁちゃんの好物はきたの卵サブレーであった。まぁちゃんの家は3世帯住宅となっている。祖父母、母、まぁちゃん。当時住んでいた家ではばぁちゃんが2階で寝ていた。外のベランダには洗濯物を干すところがあり、そこにはまたがって乗って足で漕ぐタイプの車があった。今時はアクセルを踏むと自動で進むというような昔では考えられないようなおもちゃがあるが、当時は発売がなかったか、よっぽどのお金持ちじゃなかったら買えないようなものだったのか足漕ぎタイプしか見たことがなかった。座るところを開けるとバイクのように少しものを入れられるようになっている。そんな車に乗ってベランダを駆けるのが好きだった。そのベランダに遊びに行くたびにまぁちゃんはばぁちゃんからサブレーをもらっていた。我が家では食卓や居間でおやつを食べることが当たり前だったからかサブレーを食卓や居間以外で食べることができるのが珍しく、なんだか普通に食べるより「おにかい」で食べると美味しく感じるのだ。そのために「おにかい」にあがると言っても過言ではない。しかし子供にとって2階は気軽に上がれるものではない。階段から落ちたりしてはいけないから普段は居間の隣の畳のお部屋で過ごしていた。パルコンで建てられた家だからか、階段は急で一段一段が大きかった。よつんばいになりながら足をかけている段の上に手を置いて慎重に登る。
だってその先には足漕ぎの車と「おにかい」でしか食べられないサブレーがあるのだ。まぁちゃんは足漕ぎの車にのったあとサブレーを食べる。ベランダには赤ダニがいた。虫好きのまぁちゃんはこの赤い虫がいるとワクワクした。だって綺麗な色だし小さくておとなしくて潰したら赤い文字が書けるんだもの。
いつものドライブコースの引き返し地点には「イングランド」とよんでいた室外機があった。室外機に指が入らないようにさまざまに複雑に張り巡らされたガードがまぁちゃんにはイギリス国旗のように見えたからだ。多分英会話教室でイギリスという名前よりイングランドという名前を先に知ってしまったまぁちゃんはよくわからないまま、この室外機に「イングランド」という名前をつけて怖がっていた。複雑に張り巡らされたガードに、なんだか大きくて吸い込まれそうな感じのよくわからない機械が怖かったのだ。なるべく「イングランド」をみないようにしながらまぁちゃんは今きた道を引き返す。おにわとはちがい、ベランダはコンクリートでできているから車を走らせやすい。暑すぎる日は燃えるように暑くて大変だったけど。遊び終わったらサブレーの時間だ。子供だからサブレーは1回に1枚しかもらえない。そんな貴重なサブレーを口全体に行き渡らせてあの、バニラのような卵のような甘ったるい匂いを鼻から出しながら味わった。全てにまんぞくしたまぁちゃんは一段一段に腰掛けながらお尻を滑らせて、前髪を横に張り付かせながら鼻を膨らませ満面の笑みで下に降りていった。