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下 終着点

上 旅立ちの続きです。

 熱い、熱い? まるで力の大幅に弱まった熱線(ヒートレイ)を常に浴び続けているかのような、少し心地よい熱さだ。熱線とは一種の武器のようなもので主に戦争で使われるものだ。簡単に言ってしまえば光線銃からさらに威力を上げた熱線銃(ヒートレイガン)から射出されれる熱を帯びた光線のことだ。それにしても何が起きたのだろうか。

 たしか、青色の輝きを放つ星を目指して宇宙を航行中に突然目の前に現れた巨大な渦のようなものに宇宙船ごと巻き込まれて、異常を検知した宇宙船の警告に従って、まるで大昔の鎧のような見た目のような宇宙服を着た後に強い衝撃を感じて意識が飛んだんだった。

 それにしてもなんだか心地よい。この熱さ、いや暖かさのせいだろうか。このまま目を開きたくないと思ってしまう。いや、実際もう目を開かなくてもいいのではないか。目を閉じたままここから動かずに朽ち果てるのもいいだろう。そうすればすべて、何もかもなかったことにできるだろうから。


 そんなことを考えていると、ズルズルズルと何かを引きずるかのような音が近づいてきた。その音は少しずつまるで見知らぬ何かを警戒するかのように近づいてくる。

 そんな音に気を取られるがまま目を開けてみる。眩しい、眩しいのだが不思議と不快になる眩しさではなかった。ここまでの眩しさは灯りのともった室内でしか見たことがない。複数、それもたくさんの灯りを用意して最高まで明るさを上げたような眩しさだ。

 やがて明るさに慣れてくるとソレは眼前にいた。正確には1メートルほど先といったところだろうか。黒色で細長くてそして長い。例えるならばまるで蛇のような生き物。鱗などは無いようで表面はツルツルしているように見える。


 顔だろうか。長い体の先端を僕の方に向け匂いを嗅ぐような仕草をとったかと思いきや突然先端が中心から十字に裂けたのだ。裂けた内側には鋭い牙のようなものが見渡す限りズラリと並んでいて、涎のような体液がダラダラと溢れ出てきている。涎が落ちた地面からはジューッというような音と共に煙のような物が上がっている。幸い僕の顔にはかからずに済んでいるが、もしかかってしまえば何が起こるかは分からない。ここは常識など通じるはずのない宇宙なのだから。


 もう一度目をつぶり、少し考えた。ここで死んでしまってもいいのではないのかと。遅かれ早かれ死ぬ運命なのだから。そうすれば、何もかも見ずに死ぬことができると。しかし、体だけは正直だった。身の危険を感じた僕の体は本能なのだろう。走り出していた。逃げていた。ソレから。蛇のようなバケモノから。危機的な状況からどう逃げたのかは自分でも分からない。それでも逃げていたのだ。


 辺り一面見渡す限りの砂、砂、砂。足が幾度も砂に取られそうになるも必死に走る。蛇のようなバケモノは以外にも移動速度が遅いらしく気づけば少し距離が開いていた。距離が、開いたとはいえ油断はできない。少しでも遠くへ。そもそも、逃げたところで助かるのだろうか。分からない。それでも、少しでも遠くへ逃げなければならない。そう思うのだ。


 一体どれほど走っただろう。振り返れば見えていた宇宙船の残骸は既に地平線の彼方へと消えてしまっている。走っていれば足は疲れてくるし喉も乾く。もう一度後ろを見る、あのバケモノがどれほど遠くにいるかを確認するためだ。砂煙が消えている。先ほどまで見えていたバケモノの姿は見えなくなっていたのだ。


 一安心といったところだろうか。僕は地面へと腰を下ろした。


「疲れた……」


 足が限界だ。一度足を止めてしまえば、再度足を動かすまでに時間はかかってしまうだろう。それでも休みたかったのだ。限界を迎えた体を無理に動かしてはいけない。ライアのサバイバル講座で習ったことだ。当たり前といえば当たり前なのだが、忘れてはならない大切なことだ。何か飲み物があれば良かったのだが、見渡す限りの砂原に飲めるものなどないだろう。ましてやここは宇宙だ。白き星とは違う。飲めるものがあったとしても、安全性が確保されているかは分からない。いや、安全性など確保されていないと考えるべきだろう。どうしてもという時は飲むだろうが。


 案の定、立ち上がれなくなっていた。足に動けと念じても動かないのだ。十分すぎるほど休憩は取った。しかし動いてくれないのだ。無理に動かないほうがいいだろう、動くのは諦めることにした。


 ゴゴゴゴゴと地の底から地鳴りのような音が聞こえてくる。とてつもなく危険な予感がするため逃げたいのだが足は動かない。今いる場所の真下から音は聞こえるため少しでもそこから離れようとまだ動く両腕で這うようにしてゆっくりとしかし着実に前へと進む。


 足がようやく音の発生点の上から離れたかという頃、地面からあのヘビのようなバケモノが這いずり出てきたのだ。姿が見えなくなったと思っていたのが、そういうわけでもなく地中を掘り進め追いかけていたのだ。いや、地中を掘ることによる振動など無かった。おそらく地中に張り巡らされた巣穴のようなものを通ってきたのだろう。気づかないわけだ。


 ジリジリとヘビのようなバケモノは近づいてくる。逃げなければならないという意思とは逆に体は指一本動かすことすらできない。身体の活動限界を迎えつつあるのだ。頭を後ろに向けるだけが限界だ。ヘビのようなバケモノが口を開く。一口で僕など飲み込めるだろう、それほど大きな口だった。もう死ぬだと生きることを僕は諦めたのだろう。意識を手放した。その寸前誰かが何かを叫ぶような声と頭上ギリギリを何かが高速で通過していったようなそんな気がした。


 ―――――――――――――――


「ペース起きて朝よ」


 暗闇の中にとても懐かしい声が聞こえる。ずっと聞きたかった声。聞きたくてたまらなかった声。目を開けると薄暗い明かりが目を刺す。眩しい光ではないが眠りから覚醒するのにはこれぐらいの明るさで充分だ。懐かしい顔が見える。銀色の髪に青色の瞳が特徴的な、正真正銘大好きな彼女の姿が見える。


「おはようリラ」


「おはようペース。朝食冷めるわよ」


 いつも通り挨拶を交わす。そして、いつも通りの日常が始まる。朝食を食べ、それぞれの仕事先へ行く。一日仕事をこなして帰宅する、そして夕食を食べ眠りにつく。こんな日常だ。なんてことない日常だが、俺はこんないつも通りの日常がたまらなく好きだった。


 そんな日常を楽しんでいたある日リラが言い出した。


「また、星を見に行かない?」


 空は雲に覆われているため星を見ることはできない。地上で星を見ることができるのは限られている。一部の研究施設や本に映像、プラネタリウム等だ。一般人が見れるものの中で一番肉眼で見たものに近いのはプラネタリウムだといわれている。リラとは何回もプラネタリウムを見に行っており、今回もプラネタリウムに行くことになっている。


 家から電車を乗り継いで30分ほど。プラネタリウムの入っている商業施設にペースとリラはやってきた。時間になるまで少しばかり時間があるため、時間を潰す。


「何か買いたいものとかある?」


 通路を歩きながらリラに尋ねる。


「うーん……、特には無いかな」


 結局、何も買うことは無くプラネタリウムの開場の時間になったため移動する。


「やっと時間だね。フフフッ、楽しみだね」


 リラは目に見えて分かるほどにテンションが上がっていた。


「そうだね」


 何度も見ている演目なのだが、リラは飽きることがないようで言葉からワクワクが伝わってくる。


「ペースは楽しみじゃないの?」


「そんなことないよ。リラは凄く楽しみなんだね」


「楽しみに決まってるじゃない。星はきれいだよねー。赤だったり青だったり黄色だったり、いろいろな色で輝いていてなんて綺麗なんだろうって思うの。見るたびに新しい発見があってねすごく楽しいんだ!」


「それは何よりだよ」


 リラは星が大好きだった。僕自身もそんな風に楽しそうにしているリラが大好きだったのだ。そんなリラと共に居られることが何よりも嬉しかった。


 時間になり上映が始まる。頭上に映し出される星々。どこまでも広がる星々。まるで頭から足の先まで星々の光に包まれているような感覚に包まれる。何度も見た光景。それでも見入ってしまう。普段見れないからこそ特別なものがあるのだろう。ふと隣を見る、リラはどこまでも幸せそうな顔をしていた。星々の光に包まれてリラは何を思うのだろう。リラはいつの日だったか夢を語っていた。


(いつの日か私自身の目で本物の星を見たい。全身で星の光を感じたい)


 だからこそ僕は、リラにいつの日か本当の星を肉眼で見せてあげたかったのだ。あげたかったのだ?  


 ――――――――――――――


 暗闇の中に光が刺す。眩しい。開けたく無かった目を開ける。ふかふかとしたベッドで僕は寝ていたようだ。一見普通の部屋に見える。白い天井に白い壁、床は灰色のコンクリートでできているのか固めだ。ベッド以外にも仕事で使うような机があり、端の方には棚が二つ並べられている。棚には今の時代見ることが滅多になくなった紙の本がたくさん並べられていた。立ち上がると体が少し軽いような感覚があったものの、それ以外は異常はないようだ。また部屋には窓が二箇所設けられており、緑色の陽差しが差し込んでいる。窓から外の景色を覗き込むとどこまでも荒れ果てた赤茶けた大地が広がっており白色の空には黄色の光と青色の光が見える。見れば見るほど眩しい光だ。


「なんなんだろう、あの光」


 ひとまず窓から離れて本棚に向かう。本があるとなれば何かしらの情報が手に入るかもしれない。一冊の本を手に取り読んでみることにした。表紙には絵だけ描かれており内容は予想がつかない。しかし……。


「なんて書いてあるんだろうこれ……」


 読めなかった。見たこともない文字で本の中身は書かれており、表紙の絵だと思っていたものの一部も文字だったということが分かった。結局本から得られる情報は何も無かったようだ。


 ガチャリと音を立ててドアが開く。部屋の外には一人の少女が立っていた。白色のワンピースと綺麗な青色の長い髪に金色の瞳が特徴的だ。背はそれほど高くないように思える。


「起きましたか?」


「おはよう?」


「体におかしいところはありませんか?」


「少し体が軽いくらいかな」


「それは重力の影響だと思いますよ。おそらくあなたが暮らしていた星より重力が軽いので」


「そうなんだ」


 会話が始まる前から気になっていたことを謎の少女に尋ねる。


「ところで君は?」


 外見的には僕たち人と同じように見えるものの、予想ではあるが今いる星は白き星から数百、下手したら数万光年も離れた場所に位置している場所のはずだ。そんな場所に人などいるだろうか。


「私はそうですね……。アイといいます」


「僕はペース。僕、蛇みたいのに襲われた時に死んだと思ってたけど君が助けてくれたの?」


「ええ、そうですね。偶然外に出ていた時ミミズに追われていたペース様を見つけまして、バーンと」


「バーンとって……。今ミミズって言った?」


「あれはミミズですよ」


「ミミズにしてはでかすぎない?」


「この星の生き物はみんな巨大なのです」


 どうやら僕はミミズに殺されかけていたらしい。なんだかとても情けないような気がする。


「だとしてもでかすぎない?」


「常識とは星によって全く異なるものなのです」


「そんなもんなのかな……」


「そんなもんです」


 アイが僕のことをじっくりと観察するかのように見たのちに問いかけた。


「ペース様。あなた達はなぜこの星にいるのですか?」


「僕は青く輝く星を目指していたはずだった。その途中、何かトラブルがあったみたいで気づいたらこの星にたどり着いていたんだ」


 詳しいことをアイに話す。白い星から来たこと。宇宙に出ることになった経緯等を事細かに説明する。


「なるほど、そういうことでしたか……。でしたら一度外へ出ましょう」


 そういうとアイは部屋の外へ出て行ってしまった。僕も慌ててアイの後を追いかけて外に出る。部屋の外には長い廊下が一本のみあり、出てきた部屋を含めて部屋は六部屋あるようだ。廊下自体は40メートルほどで突き当りに玄関があった。玄関にはすでにアイの姿はなかったため急ぎ建物から出る。外は相変わらず見渡す限りの荒れ地だった。


「来ましたか」


 僕が建物から出てきたのを見てアイが声をかける。


「細長い建物なんだね」


 それに建物全体からどことなく無機質さを感じた。例えるならば住むための施設ではなく何か公共の施設のようなそんな建物だった。


「そうですね。この建物は……。ペース様あの光の正体を知っていますか?」


 そう言うとアイは空を指さした。


「あの光?」


 アイが指したのは、空に見える黄色い光。ではなく青い光だった。窓から外を見たときに気になっていた光だ。


「いや、分からないけど」


「あの光はペース様が目指している青く輝く星です」


「あの光が青く輝く星!?」


 宇宙に出た時、とてつもなく遠くに思えた青く輝く星が、明るい中でも見ることができるほどに近づいてきていたのだ。


「おそらくそうだと思われます。他に青色の星などありませんから」


 アイは僕に問いかける。


「ペース様は、あの星に行きたいのですか?」


 青く輝く星を目指す。今、僕にできるのはそれだけだ。


「僕は、青く輝く星に行きたい。いや、行くしかないから」


「そうですか。それなら色々と準備をしなければいけませんね」


「準備をって、アイさんも一緒に来てくれるの?」


 アイは微笑みつつも少し寂しそうな顔で言う。


「私がついて行ってはだめですか? そもそもどうやってあの星まで行くつもりなのですか? ペース様の宇宙船は壊れてしまったのですよね? 私がいればそれらの問題は全て解決できるはずですが」


「それはそうだけど……」


 少し考える。実際のところ青く輝く星へどう行くかというのが1番の問題だったのだ。場所が分かったところで行く手段が無ければどうしようもないのだ。


「分かった。それじゃあよろしくねアイさん」


「よろしくお願いしますね! 出発する前に食事にしましょう。お腹空いているのでしょう?」


「そういえばそうだった」


 色々と起きすぎてそれどころでは無かったため、空腹のことを忘れていた。そのことを思い出した途端に立っていられないほどの空腹と喉の渇きに襲われることとなったのだった。


 アイに手伝って貰いながらもなんとか建物に戻り、食堂らしき部屋の椅子に座るとすぐに食事が出てきた。


「ご飯ですよ〜。とはいえ、ただの保存食品を温めただけのものですが」


 アイが少し申し訳なさそうに料理が載ったトレイを僕の前に置く。トレイには緑色のスープが入った深めの皿に、パンが3つのせられた皿。他には鉄製のコップがひとつ置いてある。コップの中身は透明で見るだけだと水のように見える。


「ありがとう。助かるよ」


 早速食べてみることにする。まずはパンを一口。味はシンプルで、若干パサパサとしたオーソドックスなパンといった感じだ。要するに白き星で食べるパンとそこまで差はない。パンを一度おきスープに手をつける。一口飲んでみた感想としてはなんとも言えない味といったところだ。色々なものがスープの中に詰め込まれているのか、味が混ざり合っていて美味しいともまずいとも言えない味になっている。パンを食べていると口の中が乾燥してきたため飲み物を飲む。水だ。ただの水。美味しい。乾ききった喉が癒されていく。食べ物自体はそこまで白き星と違いはなく少し安心したのだった。

 ふと気づく。アイは僕の分の食事だけ持ってきて、アイ自身は食事を取ろうとしないことに。


「アイさんは食べないの?」


「私は食べたばかりですからいらないのです」


 空腹だったため、食事に費やす時間は短くあっという間に食べ終えてしまった。食器を下げて戻ってきたアイはこれからの予定について話し始める。


「この建物そしてここ周辺には、残念ながら宇宙へ出れるような宇宙船はありません」


「無いの?」


「そうなのです。なので、宇宙船があるであろう場所へ移動しなければなりません」


 アイは地図を机の上に広げ、地図にいくつかある黒色に塗られた点の一つを指さす。


「現在地がここです。そして、これから向かうのがこの位置にある廃都市です」


 最初に指差した点からかなり離れた位置にある点を指差す。


「かなり離れてる? のかな」


「そうですね。ペース様の星の単位で言うならば1500キロ程は離れているかと」


 1500キロ。故郷の国何個分だろうか。


「徒歩で行くの?」


「徒歩で行きたいと言うのなら止めませんが……」


「徒歩では行きたく無いけど……」


 ただでさえ荒れ果てた大地に足が取られるというのに、巨大なミミズといった怪物すらいる所を徒歩で行くなど絶対に嫌だと僕は思っていた。

 僕の不安そうな顔を見てか、アイは笑顔になりながら言う。


「安心してください。徒歩以外の移動手段もありますから。準備ができましたら、またここに戻ってきてください」


 アイの言葉に了解と返事をし、目を覚ました部屋に戻る。準備をするとはいっても、今現在の所持品は意味のない携帯型通信機と携帯型ゲーム機のみで、どちらも星に落ちた時の衝撃からか壊れてしまっている。準備するものも無いためベッドに横になり少し休むことした。


 気づいたら寝てしまっていたようで、目を開けると部屋は暗くなっていた。どうやら夜になったらしい。寝るつもりは無く少し休むだけのつもりだったため、急いで部屋を出て食堂に入る。


「ごめん、待たせた?」


 アイは既に食堂に来ていた。椅子に座り、鞄の中の荷物を机のうえに広げ、整理をしているようだ。


「大丈夫ですよ。急ぐわけでもないですし。食堂に来たということは準備ができたということでいいですか?」


「もともと準備する荷物なんて無かったからね」


「そうですか。それでは行きましょう」


 大きなバックパックを背負いボストンバッグを持ったアイについて行く。食堂を出て玄関に1番近い場所にある扉を開ける。中はガレージになっていた。整備用の道具や塗料のの缶が乱雑に置かれている他に土のような色の車が2台置かれている。ガレージ自体はかなり広いのだが車は2台しかなく不自然にスペースが空いていた。車には車輪がついていない。車輪どころかキャタピラ等駆動に必要なものすら付いていない。ただの鉄の箱のように見える。


「この乗り物が気になりますか? これは浮遊車です」


「浮遊車?」


 浮遊というからには浮くのだろうか? 飛行機のように? 故郷の国にも車はたくさんあったが浮かせる技術は無かったはずだ。


「まあ乗ってみましょう」


 そう言うとアイはガレージのシャッターを開いてから、浮遊車に乗り込む。ガレージの外からは砂混じりの乾燥した風が吹き込んでくる。助手席に僕も乗り込む。


「シートベルトは、しっかり付けてくださいね」


 故郷の国の車に備え付けれられているものと、似たような形状のシートベルトをカチャリとつける。


「それでは出発です!」


 アイはそう言うとエンジンをかけ、ギアを入れる。ブォーンという小さな始動音が車内にまで聞こえてくる。しばらくすると始動音は消えた。車窓は停車時より高めになっており空中に浮いているという事実を僕に教えてくれた。


「本当に浮いてる……」


「凄いでしょう? ペース様。これが私達の技術だったのです」


「私達?」


 浮遊車は道など何も無い荒れ果てた大地を難なく進む。巨大なミミズの気配など微塵も感じることなく進み続ける。浮遊車は浮いているとはいえ、1.5メートルほど浮くのみのため巨大な岩を乗り越えたり崖からの飛び降り等はできない。そのため進む進路を選ぶ必要はあるものの、特にトラブルが起きることも無く進み続ける。出た時から見えていた星々はやがて薄れ、進行方向から陽が昇り始める。暗かった空が黄色に染まり赤色の星が地平線から上がってくる。物語などで朝陽や朝焼けという存在は聞いたことはあったのだが、実際に見たのはこれが初めてだった。


「綺麗だ……」


 思わず呟いてしまう。それほどに朝焼けは美しく幻想的な風景に思えた。


 陽は完全に昇り、空は青に包まれる。その青の中でも青色の星はひときわ青く輝いていた。


 ―――――――――――――――


 どこまで行っても景色が変わらない大地を、休憩を取ることもなく走り続ける。走り始めてから2日といったところだろうか。アイに休憩を提案するも必要ないと断られ、そのまま走り続けているのだ。基本的に自動運転のうえに運転席に座っているわけでもないが、疲れるものは疲れる。2日間も狭い空間の中に閉じ込められていれば尚更だ。疲れを取るために寝ているとアイに起こされた。


「起きてくださいペース様、もう間も無く着きますよ。」


「もう着くの?」


「もう間も無くです。目的地の廃都市まで」


 目を開ける。ここまでのどこまでも荒れ果てた大地とは異なる景色が広がっていた。道がある。舗装が剥がれてボロボロになり、土や砂に侵食されかけているものの道だということは認識できる。そして、その道が行き着く先には巨大な都市があった。天まで貫く超高層建造物が無数に立ち並び、その合間を縫うかのように高架の道路が走っている。しかし、その建物のどれもが窓ガラスが割れていたり建物自体が傾いていたり、半分以上が崩れてしまっていたりなど廃都市だということを、訪れる者に言葉では無く景色だけで伝えているかのようだった。


「廃都市内部の行けるところまで行きます」


「分かった」


 浮遊車は廃都市の門をくぐり街中に入り、かつては賑わっていたのであろう通りを進む。その街は何もかもが巨大だった。建物の扉も、建物についている窓も通りの幅すらも。街灯すら巨大だ。

 進むうちに瓦礫の壁に辿り着く。瓦礫は3メートルをゆうに越えるほどにまで積み上がっており、いくら浮遊車とはいえ乗り越えるのは不可能だった。仕方なく僕たちはここで浮遊車から降りる。


「ペース様これを」


 アイから手渡されたのは、一丁の銃といくつかの銃弾だった。


「これは、銃?」


「廃都市内部では何があるか分かりません。念の為持っておいてください」


「一応持っておくよ」


 何も起こらないことを願いつつ、アイから銃を受け取る。小さな見た目に反してその銃は重かった。


「さて、それでは行きましょう」


「行くとはいってもこの巨大な都市のどこに?」


 この巨大すぎる都市から宇宙船を探し出すのはあまりにも無謀すぎるのではないかと思ってしまった。


「ある程度の予想はついています。まずは都市の中心にある塔へ向かいましょう」


 アイの提案で、廃都市の中でもひときわ高くひときわ大きい。都市のどこからでも見える巨大な塔のような建造物をまずは目指すことになったのだった。


 瓦礫をなんとか乗り越え、倒れた建造物などといった障害物を避けて塔を目指して進む。真っ直ぐ通りを進めば辿り着けるであろう塔には迂回して進む必要があった。幸いにも街自体計算的に作られているようで、変に入り組んだ場所を通る必要も無かったためそこまで苦労せずに辿り着くことができた。


 頂上が見えないほど高く。巨大な塔。塔全体は黒色で窓が各階にいくつも設けられているのか、数えきれないほどの数がある。その塔の内部に僕たちは足を踏み入れた。


 塔の一階にある黒で統一された何もかもが巨大なエントランスを抜けて、中央にある階段に向かう。エレベーターもあるようだが、アイが確認してみたところ故障していて使えないらしい。徒歩で塔を登ることが確定したのだった。


 塔の中央部を貫く螺旋階段を登る。階段の幅は5メートル程あり10人横一列で登ることができそうなほどの幅だった。ここまで広くする必要はあるのだろうか。


「ここは、かつて軍事庁舎だったのですよ」


 唐突にアイが話し始めた。


「軍事庁舎?」


「そうです。敵と戦うための拠点といったところですね」


 僕は疑問に思った。


「なんで、アイさんは軍事庁舎だって知っているの?」


「それはですね……」


 アイが言葉を言い切る前にジュッと何かが焼けるかのような音が響く。その音と同時に、鋭い痛みが身体に走るのを感じた。熱く鋭い光線が僕の胸を貫いていた。余りの痛みに目も開けていられない程だ。光線が貫いた箇所から血が溢れ出す。血は床を瞬く間に赤色に染めていく。大量出血のせいか、痛みのせいか目を開けると視界がぼやけてハッキリと見えない。耐えきれないほどの痛みから僕は意識を手放してその場に倒れ込んだ。


 ―――――――――――――――


「光線っ!? どこから!」


 アイは、ペースが光線に貫かれたのを認識してすぐに銃の引き金に手を添えた。いつでも撃つことができるように。今すぐにでも、ペースの治療を優先させたかった。しかし、襲撃者をまず撃退しなければ再び襲ってくるかもしれない。そう考えてまず反撃することにしたのだ。襲撃者が光線を放ったのはおそらく階段から各階への出入り口。一階ごとに設置されていて扉は無い。武器はおそらく光線銃。1番近い出入り口以外は階段が障害物となり直接射程に入ることは無いだろう。となれば撃ってきたところは正面横の出入り口のはず。一瞬でも姿を見せたところを撃つ。


 カサッ。小さな物音と共に襲撃者が姿を半分だけ見せる。銀色のロボットだ。アイはその隙を見逃すことなどせずに正確に撃ち抜く。シュコッというアイにしか聞こえないであろう小さな音ともに射出された銃弾は銀色のロボットを一撃で行動不能にしたのだった。


「警備ロボットといったところでしょうか」


 襲撃者の正体は警備用のロボットだった。軍事庁舎という重要な施設を守る存在だ。あまりにも巨大な施設のため、兵だけでは全てをカバーしきれないため導入されていたのだろう。


「予想外でした。まだ動いている物がいるとは。対策を考えなければいけませんね。いえ、それよりもまずはペース様を治療しなくては」


 そうアイは言うと、重傷を負ったペースへと近づき治療を開始したのだった。

 アイには特別な力が使えた。それはまるでファンタジーの物語に出てくるような魔法のような力だ。傷を負った者を癒す力。アイがペースの肌に手を触れるだけで傷は見る見る内に塞がっていった。傷が塞がるだけではなく、体内から失われた血液も元の量に戻る。それは、普通の人ならば決してできない奇跡のような治療だった。青く輝く星に着いた時この人に伝えなければならないことがある。大事な頼まれごとだ。だからここで死なれてはいけない。その一心でアイは治療を続けた。


 ―――――――――――――――


 誰かが呼んでいる。とても懐かしい。何度も聞いた声。でも、長い間聞くことができなかった声。なんで、その声を聞くことができなくなってしまったのだろうか。


「ペース。起きて、あなたはここで死ぬべきではない。ペース!」


 この懐かしい声は、近くから聞こえてくるように感じる。まるで本当に横にいてくれているかのように。幻聴だとしても良い、今はただこの声を聞いていたかった。


「ペース! 約束したじゃない……って。から……たはこ…で死ん……ない!」


 だんだん声が遠くなっていく。まるでその声が聞こえることがおかしいのだとばかりに。遠ざかっていく……。少しずつ少しずつ。

 ぼんやりと光が差し込み、目を開く。僕は寝ていたのだろうか。目に入ってきたのは、服についたこびりついた血と破壊されたロボットのようなもの。服についた血はまだ乾いておらず、鼻をつく匂いを漂わせている。


「僕、死んだのかな?」


 率直な感想がこれだった。身体から流れ出たであろう血は床に大きな血溜まりを作っている。服を脱いで、傷口があるであろう場所を触ってみる。


「痛っ」


 傷口は身体の胸の中央と背中にあるようで、まるで銃弾が貫通したかのようだった。傷口に触れるとじんわりとした痛みに襲われる。しかし傷口そのものは塞がっているようでかさぶたのようになっていた。一体僕は、どれくらい寝ていたのだろう。そもそも寝ていたわけではなく……、等と考えを巡らせていると階段の上の方からコツコツと何かが降りてくる音が聞こえてくる。少し身構えるも、その姿が見えて僕は安堵した。


「目が覚めましたか? ペース様」


「起きたんだけど……」


 アイだった。何故上から降りてきたのだろうか。


「ペース様がお眠りになっている間、上の様子を見に行っていました」


「そうなんだ。ねえ、アイさん。僕にいったい何があったの?」


「そうですね……」


 そこで、アイは言葉に行き詰まる。5秒ほど沈黙は続いただろうか。アイは再び僕の問いに答える。


「ペースさんが少し負傷してしまったんですよ。それで、応急処置を行ったわけです」


「今は壊れてるロボットみたいなのに襲われてってことなんだね」


「その通りです。応急処置足りてなかったりしますか?」


「いや、大丈夫だけど……」


 応急処置というだけで、ここまで綺麗に傷が塞がる物だろうか。若干の疑問を抱いたものの、その疑問を頭から振り捨てて、塔を登ることを再開する。考える必要など何も無いのだ。そう、何も。僕はただ、今やるべきことに従ってさえいればそれでいい。


 僕たちは、階段を登る。10段、100段、1000段、10000段。あまりにも気が遠くなるので途中で段数を数えるのは辞めた。登っている最中、ところどころに銀色の鉄らしき物の残骸が散らばっている。おそらく、元は警備用ロボットだったのだと思われる。この残骸が経年劣化で壊れた物なのか、それとも上の様子を見に行っていたアイが壊したのか。しかし、その詳細を知ることは僕にはできない。知ったところで何か変わることがあるわけでもないだろう。


 どれほど登っただろうか。いつまでも階段を登り続けているため流石に足が疲れてきた。


「アイさん、少し休憩しない?」


 アイは周囲の様子を見て、現在地がどこかを割り出す。


「いえ、その必要は無いようです。もう間も無く目的地に到着します」


「やっとそれくらいのところまで来たんだね」


 そして、僕たちは塔の最上階に到達した。塔の上とは思えないほどの空間が広がっていた。柱は必要最低限の数のみのようで視界が広い。天井は塞がれているものの、何処からか光が差し込んでいるのか仄暗い。

 僕は、ふと大事な事を思い出し、アイに尋ねることにした。


「アイさん。今更だけど、最上階に宇宙船があるってことでいいの?」


 僕はただ、アイに言われるがまま着いてきただけ、実際に宇宙船があるのかは分からないのだ。


「最上階は宇宙の迎撃船の発着場になっているのです」


「宇宙の迎撃船?」


「そうです。つまるところ宇宙船です」


「なんだ、宇宙船か」


「そうなのです。なので最上階に宇宙船があると予想してここまでやってきたのです」


 もし、最上階にまで来て何も無ければどうするのだろうか。そんな考えを忘れることにして、僕たちは塔最上階の探索を開始した。

 周囲を照らす光は、アイから渡された小さな懐中電灯のみ。天井はこれまでの階よりも高く、上部に何があるのかは見えない。そんな広大な空間をアイと共に歩く。足元は薄暗く、風も入り込んでこない閉ざされた空間。風など吹いていないはずなのに、どこからかオイルのような少し鼻をつく匂いが漂ってくる。


 真ん中から端に向かっていくたびに、床に置かれたまま何年も放置されているであろう飲料水や、ホコリを被った棚が増えていく。歩きつづけていると、暗闇の中でチカチカと光が点滅している機械が、所狭しと置かれている小さな部屋にたどり着いた。機械室といったところだろうか。アイはそれらの機械を操作し始める。

 アイはボタンやスイッチを4.5個ほど押したのち、レバーをガシャンと奥から手前に引く。すると、どこからかゴゴゴゴゴと大きな振動が伝わってきた。

 ただの壁だったはずの場所が左右に開き強烈な光が差し込んでくる。壁が開くと同時に床に大きな穴が開き床の下から巨大な宇宙船までもが上昇してきたようだ。


「宇宙船が床の下にあったなんて……」


 塔を登ってくる最中寄り道などしていないため知る由など無かったのだ。


「さて、宇宙船も見つかったことですし早速出発しましょうか」


「それも、そうだね。この星に長居する理由も無いもんね」


 そして、僕たちは巨大な宇宙船に乗り込み荒れ果てた星から青く輝く星へと出発したのだった。


 宇宙船の内部は、ここまでの道中と同様相変わらず広い。5メートルほどの梯子を持ってきてようやく天井に手が届くくらいだろうか。それにしても、壁も天井もやけにギラギラとしているというか、金や銀といった貴金属が多めに使われているようで高級感を感じさせる。操縦室へと向かうアイに尋ねた。


「なんか、やけに豪華な宇宙船だね」


「それはですね、かつてこの船が軍船として使われる前は星間連絡船として使われていたからですよ」


「星間連絡船?」


「星と星を結ぶ船ですよ。往来が頻繁におこなわれていた頃は賑わっていたんですよ。この船も」


「それでこんなに豪華な造りなんだね」


「この船には、先頭部にガラスに覆われたデッキがあるんですよ。そこで景色を見ながら遠ざかっていく星を眺めるのが出航時のオススメですよ」


「なるほど、それなら先頭のデッキに行ってみるよ」


「出発までそれほど掛からないと思うので安全ベルトは着けておいてくださいね」


 了解と返事をして、先頭のデッキへと向かう。船のロビーを貫く階段を、上へ上へと上がり最上階のフロアその先端にデッキはあった。半球のドームをさらに半分に割ったような形のガラスに覆われたデッキは、かなり開放感がある作りになっていた。やたらと大きな椅子は100個以上設けられており、かつての賑わいを感じさせる。

 船が始動を開始したのか、船底の方から僅かな振動が伝わってくる。


「間も無く、この……は出港いたします。……を出たのち……に……し……へと向かいます」


 スピーカーからアイの声でもない、おそらく自動音声であろう声が聞こえてくる。ところどころ聞き取れないものの出航するということで間違いないだろう。


 船は、動き出し地上はどんどんと離れていく。どこまでも荒れ果てた星だ。外から見るだけでも恐ろしい星に感じる。生きて星を出ることができたことが不思議に思えるほどに。それも全てアイのおかげだろう。アイという協力者を得ることができたのはとても幸運なことだ。アイがいなければ僕の旅はこの星で終わっていたのだろう。この星で終わる僕の旅もそれはそれで良かったのかもしれない。

 ぼーっと遠ざかっていく星を眺めているうちに、荒れ果てた星は見えなくなり気がつけば煌びやかな宇宙の中に放り出されていた。


 船の設備は自由に使って良いとのことだったため、客室のうちの一室を借りる。部屋は200室を超える数があったため、利便性と窓からの景色で選んだ。窓からは流れていく宇宙の星々がよく見える。青く輝く星までは30日以上かかるとのことで、到着までを船の中で過ごすことになる。元豪華客船ということで娯楽は充実しており暇になることは無かった。アイは基本的に操縦室に篭もり操縦をしているため、1人で過ごす時間が多く30日どころか60日ほど経過しているようにすら感じた。暇ではないはずなのに時間が長く感じる。不思議だ。


「間も無くこの……は……に到着いたします。椅子に座り安全ベルトを装着してください」


 部屋に取り付けられたスピーカーから、到着を告げる案内が流れる。出航時と同じく人口音声だ。部屋を出て、先頭のデッキへと向かう。部屋の窓よりも先頭のデッキの方が青く輝く星を見やすそうだからだ。

 デッキに繋がる扉を開けると、デッキ内は青の光に包まれていた。その光の元となっているものこそ青く輝く星だ。僕たちは、いよいよ青く輝く星へと足を踏み入れる。旅の終着点へと。


 ―――――――――――――――


「なんて青いんだ」


 青く輝く星に降り立った僕の最初の感想はそれだった。空が、地面が、視界に映る何もかもが青色に輝いている。遠くから見る時は強烈な光だったのだが、いざ降り立ってみると遮光グラスをつける必要もないくらいの優しい光だった。どこまでも、どこまでも青色ただ一色。青以外に色は無い。そんな景色が広がっていた。


「しばらく探索してみましょうか。何か見つかるかもしれませんよ」


 アイにそう言われて僕たちは青く輝く星の探索を開始する。船に搭載されていた小型浮遊車にそれぞれ乗り込む。操作にはすぐに慣れ自由に扱えるようになった。聞こえてくる音は小型浮遊車の駆動音のみで、風の吹く音すら聞こえてこない。しばらく走っていると青色の景色に変化が見られた。青色の固まりがいくつも集まっている地帯。屋根のようなものもついている固まりもありそれはまるで……。


「町?」


「そうですね。おそらくこの場所はかつて町だったのだと思われます。調べてみましょうか」


 町の探索を開始する。建物自体が青色の光に覆われており、元が何で作られていたのかなどは全く分からない。3つほどの建物の扉はなんとか開くようで中に入ることができた。青の光に覆われているという点以外は至って普通の一軒家といった感じだ。部屋ひとつひとつを見て回る。そのうちの一部屋で床に落ちている本のような物を手に取る。青色に染まりきってしまっているものの、1ページごとに元は紙だったであろう物が何枚も貼り付けられているそれは。


「アルバムかな……」


 人が住んでいた証拠だろう。アルバムを作るくらいには幸せな生活をしていたはずだ。何だか悲しい気分になってくる。青に染まりきってしまったアルバムをテーブルに置き部屋を出た。その後も部屋を探索してみるも特に何も見つけることができず、僕たちは町を後にする。状況を知れそうな物を見つけても、青色に染まっていたため何の情報も得ることができなかったのだ。


「この青い光なんなんだろう。まるで町が青の光に飲み込まれているみたいだったけど」


「気になりますか?」


「気になるけど……。もう少し探索を続けようか」


「分かりました」


 小型浮遊車に乗り探索を再開する。しかし、どこまで行けども青色の光に覆われているのみで何も見つけることができない。いや、それ以前にだ。僕はいったい何を探しに青く輝く星まで来たのだったのだろうか。


「僕はいったい……」


「どうかしましたか?」


「いや、特に何にも無いけど」


「少し休憩にしましょうか。ずっと探索していることですし」


「それもそうだね」


 アイは、小さな小型浮遊車のどこに載せていたのかテーブルと椅子を用意して薪を出し、焚き火の準備を始める。青く輝く星は寒くも暑くもなく程良い気温といったところだが、日が陰り光が青い光のみになると少し冷え込む。火を囲めるのはありがたいことだ。

 椅子に座り、アイが用意してくれた飲み物を飲む。


「どこまで行っても何も無い。このまま何も見つけられないんじゃないかって不安になってくるよね」


 独り言のつもりだったのだが、アイに聞かれていたようで質問をされる。


「疑問だったのですが、ペース様はどうしてこの星に来たかったのですか?」


「どうしてか……」


 ライアにそう言われたから。言われたことに従ってさえいれば何も考えずに済む。だから僕はここまでやってきた。


「どうしてなんだろうね……」


「何も考えずに済むから。本当の理由はそんなとこなんじゃないんですか?」


 アイに心の中を見透かされていたらしい。見事に当てられてしまった。


「僕には、もう理由が無いんだよ。だから、縋り付くしか無かったんだよ。与えられた目的に」


「ペース様は、それでいつまで現実から逃げているつもりですか?」


「現実から逃げている? 僕が?」


「そうですよ。リラ様が朝死んでいた日から、現実を受け入れることもなくずっと逃げ続けているじゃないですか」


「どうしてその事を? 話してないはずなのに」


「リラ様はもういないんです。そろそろ現実を認める時ではないんじゃないんですか?」


「そうは言われても無理なものは無理だよ。そうだ、白き星へ戻れば実はリラが生きているなんてこともあるかもしれない。そうだ。きっとそうだよ」


「残念ですが。その可能性はゼロです」


 気がつけば、僕の両目からは涙がこぼれ落ちていた。

 心の中では分かっているはずだった。リラはもう死んでしまっている。大好きだった彼女はもうこの世界にいないのだと。それを認めることができずに気づけばこんなところにまで来てしまっていた。白き星から遠く遠く離れた青く輝く星まで。


「でも、僕はどうすれば良いというんだろう。気がつけばこんな所にまで来てしまった」


「移動手段ならあるじゃないですか。ここまで乗ってきた宇宙船が」


「たしかに、移動手段ならあるけど、僕はもう前を向ける気がしないよ」


「ペース様はリラ様との約束を忘れてしまったのですか?」


「約束?」


 約束……。そうだ約束。いつの日だったかリラとプラネタリウムに行った帰り道で約束したのだった。


(星を実際に見ることはできないだろうけれどいつの日か、それ以上に綺麗な景色を見るために世界を巡る旅に出ようと)


 でも、もうその約束を果たすことはできない。リラが居ないから。僕だけが居たってしょうがないじゃないか。


「でも、もう無理なんだよ」


「そうかもしれませんね。約束を叶えることはできないかもしれません。でも、それでペース様は良いのですか?」


「どういうこと?」


「いつの日か、時が流れてペース様がリラ様にお会いできた時、楽しい報告ができればそれは約束を果たせたことになるのではないですか?」


「だからペース様は、前を向いて生きて(前を向いて生きてペース)良いんですよ。いつまでも過去の事を考えてばかりではダメなんです。きっと」


 アイの前を向いて生きてという言葉に、誰か別の人の声が重なっているように僕は感じた。気のせいかもしれないが、それはとても懐かしい声のように思えて、涙がさらに溢れ出す。


「前を向いて生きて良いのかな。ここから動き出して良いのかな」


「いいんです」


 リラが居なくなってしまってから、僕は現実から逃げ続けて生きてきた。しかし、いつまでも現実から目を背け続け、後ろばかり見ているのはダメだろう。だからこそ僕は前を向かなければいけない。そうと決めたからにはこれからどうするかを決めなければ。リラとの約束を叶えるため、遠い未来会えた時、世界がどれだけ美しかったかを伝えるために。


「アイさん。決めたよ僕、旅に出ようと思う。宇宙を巡って最後は白き星へ戻る旅に」


「それでお願いなんだけど、アイさんさえ良ければ一緒に来てくれないかな。僕、宇宙船の操縦はできないし、宇宙に関する知識もあまりないしで。不安がたくさんなんだ」


「ふふっ。分かりました。どんな長旅になろうともお供いたしましょう」


 アイさんが来てくれるというなら向かう所敵なしだろう。一安心だ。

 旅に出るという一つの目標ができたため、僕たちは宇宙船まで戻ることにした。宇宙船に戻る途中で僕はアイさんに尋ねる。


「ところでアイさん。この星の青い光って結局なんなの?」


「ああ、そういえば説明していませんでしたね」


「この青い光は、星のエネルギーです」


「星のエネルギー?」


 星のエネルギーとはなんだろうか。以前ライアが星の生命力がどうのこうの言っていたような覚えがある。


「星の命そのものです」


「かつて、星と星の間で戦争があった時に新兵器を作るために星の命さえも利用しようとしたのですよ。しかし、結局制御することができずにこのような惨状になってしまったのです」


「なるほど」


 それならば、利用できる可能性はあるだろう。おそらく、ライアが僕をこの星へ向かわせた真の理由こそ星のエネルギーだ。


「星のエネルギーって回収できたりする?」


「おそらく可能だと思われますが……」


「それなら、星のエネルギーを回収してからこの星を出ようか。今後役に立つ可能性が高い」


「それでは、宇宙船に戻ったら宇宙船下層の貯蔵タンクに星のエネルギーを積み込みましょうか」


 行きよりも短い時間で、宇宙船まで戻ってきた僕たちは、旅立ちの支度を始める。青い光、もとい星のエネルギーを回収して貯蔵タンクに詰め込めるだけ詰め込む。支度といってもこれだけだ。

 いよいよ、青く輝く星を出て新たな旅に出る時がやってくる。やってきた時とは打って変わって、後ろは見ずに前だけを見る旅だ。長く険しい旅路になるかもしれない。ときには挫折して、旅を辞めたくなるときもあるかもしれない。それでも、決して旅を辞めるつもりはない。リラのために。リラに世界の美しさを伝えるために。

 出航の準備が完了したのか、地上が離れていく。もう後戻りすることはできない。長い長い旅の始まりだ。青一色だった風景はだんだんと星々の賑やかな光が煌めく幻想的な風景へと変化していく。まるで星々が旅立ちを歓迎してくれているかのようだ。白き星を発った時点ではここまで綺麗で幻想的に感じなかっただろう。きっと僕はもう大丈夫だ。


 この旅は、白き星から始まり青く輝く星に至り、青く輝く星を発ちやがて白き星に戻る。出発点と終着点が同地点、言うなれば宇宙を往く旅だ。

上、下編共に通して読んでくださった方はありがとうございます。少しでもこの物語が心に残ってくださったのなら幸いです。

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